『東洋の倫理』(中村元)を読んだ。
というより、本当に知りたかったのは、「釈迦はなぜ妻子を捨てて出家したのか」ということだ。いや、それ以上に、「それは許される行為だったのか」を知りたかった。それについてはあるていど私なりに答えは出ているのだけど、それってどこまで正確なのか知りたくて。
その答えを探すには、仏教成立以前の家族観や倫理観を知る必要があるのではないか。そんな期待を持って読み始めた。
しかし、その点については、思ったほど明確な答えは見つからなかった。
本書では、「いかなる時代、いかなる国においても、他人を益するはたらきは善とみなされ、これに反して他人を害するはたらきは悪とみなされる」と述べられている。
その表れ方は文化によって異なる。けれど、家族を思う心そのものは共通している。母が子を愛することも、その一例だ。
考えてみれば、ごく当たり前のことを歴史の中に確かめていく作業になる。
なお個人的には、「釈迦は妻子を捨てた」という表現は、やや大げさだと感じる。
釈迦が捨てたのは、むしろ王族としての立場と世間体だろう。
もちろん、周囲は失望しただろう。しかし、妻子を経済的に困窮させたわけではない。跡継ぎとなる息子をもうけた後の出家であった。
現代の価値観から見ても、それほど無責任な行為には思えない。
むしろ、そこまで準備を整えてから沙門の道に入ったのだ。
「妻子の生活を守った上で修行へ向かった」と考えることもできる。
現代風に言えば、経済基盤「いわばATMとしての役割」を提供した上で家を出たようなものだ。
そう考えると、「それならどうぞ修行へ行ってください」と言う妻は、案外少なくないのではないだろうか。
まあ…それはともかく、『東洋の倫理』という本があるなら、『西洋の倫理』というものもあるのだろうか。
東洋と西洋では、倫理はどのように違って語られるのか。
そのことが、今は少し気になっている。
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