釈迦(ゴータマ・シッダールタ) が跡取り息子の誕生を知らされ、「ラーフラが生まれた」と述べた。それを聞いたおやじが「ラーフラか、それはめでたい」と言ってそれがそのまま名前になったそうな。
この「ラーフラ」という名前には、「束縛」「障碍」あるいは「ラーフ(魔神)」に関連する意味があるとも言われる。そのため後世には、
「釈迦は子どもを“障害”のように感じた」
「家族を重荷と考えていた」
といった解釈も生まれたようだ。
しかし、それは数ある解釈の一つに過ぎないのではないか、と私は思う。
そもそも「ラーフラ」という語には複数の語源説や解釈があり、当時として特別異様な命名だったわけでもないらしい。むしろ、
「出家しようとした時に子どもが生まれ、“束縛”だと思った」
という、現代人にも分かりやすいドラマチックでセンセーショナルな説明だけが独り歩きした結果なのではないだろうか。
もちろん、これも私自身の願望混じりのうがった見方かもしれないが。ただ少なくとも、「釈迦は最初から我が子を邪魔者扱いしていた」と断定するのは、かなり後世的で単純化された解釈ではないだろうか。
そもそも、釈迦がいつ本格的に出家を決意したのかもはっきりしない。若い頃から関心を持っていたとしても、結婚や子どもの誕生そのものを最初から否定的にとらえていたというのは飛躍があるように思える。
さらに興味深いのは、その ラーフラ 自身が、後に釈迦の弟子となり、優れた修行者として知られるようになったことだ。もし名前自体が極端な侮蔑であったなら、その名がそのまま尊重され続けたというのも不自然だ。
雑学敵に広まっている説明を、そのまま歴史的事実として鵜呑みするのは、少し慎重になった方がいいのかもしれない。

コメント