「今さらマルクス主義なんて……」と思って無視していた斎藤幸平という人物をYouTubeで見て、「とても優秀な人なんだなぁ。あまり関係はないけど、どんなことを書いているのか見てみよう」と思った。
強いて言えば、アナーキスト・リバタリアニストの観点から、フレネミーなコミュニストや、リベラルのうち優秀な人の頭の中を覗いておこう、という興味本位だけで手に取った。
……なんだか読みやすくはあるけど、頭のいい人が書いた文章で、断片的にあれこれ引用した有り合わせ感がある文章の数々。
もし自分が大学で学び直し、あわよくば研究するなら、社会科学のうち経済学だけはないんだよな……と思っていたが、やっぱりないな、興味ないな、というのが一番の感想👼。
参考図書というか、思想書として面白そうなものを知ることができたので有意義だったけど、それくらいかな。
「へー、そういう理屈もあるのね。所詮は資本主義のうちでできることは有限なのね。でも、それを示すモデルは?」
富の偏りが高まる今日、リベラリズムとコミュニズムが合わさった考えが、今以上に注目を浴び、普及していくように見える現象が、ここかしこで起こっている。
しかし、当面は資本主義が進んでいくと思う。大きな流れに逆らわず、うまく乗っていくことで乗り越えるしかないんじゃないかな。
仮にコミュニズムでうまくいくなら、小さい社会でそれを実証し、平和裏に拡張していくことでしか有効性を示せないのではないか。まずコミュニズムを支持する人を増やすことよりも、先にやることはそういうことだと思うんだけどな。
例えば、宇宙空間や地中など、まだ資本主義が及んでいない世界でコミュニタリアンの生活を成立させる。
……なんて壮大な実験を考えてしまうあたり、結局、自分の場合は加速主義/リバタリアニズム的な発想に行き着くなあ。
アレント「人間の条件」」・政治が社会的なものから生物的なものに及ぶ
20世紀にアレントは『人間の条件』の中で政治的なものが社会的なものまでおよんでいることを批判したそうだが、21世紀に至っては政治的なものが社会的なもののみならず生物的なものまで包括しようとしているという。
ミシェル・フーコーは近代国家が人間を生物として管理することを「生政治」と言ったそうだがこれと似ているのかもしれない。
アレントやフーコーの話を拡張していくとSFシナリオのようだが「私たちがどう生きるべきか」のみならず「私たちの身体がどうあるべきか」を政治が決めるようになってくるのではないか。
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