同性愛者>無神論者
米国では同性愛者と言うより無神論者と言う方が嫌われる。
日本だと無神論者と言っても「あ、そう」て感じだが、同性愛者だと言ったら露骨な反応は避けるだろうけど、たぶん周囲の人は関わり方は変わる。人によるが公立の学校ならいじめられる(最近は違うことを期待したい)。日本人が米国で「無神論でーす」と言っておかしい感じになるのは、そのためなのか?「あたいヤバい人でーす!」とアピールしてどうするといったところか。
新・無神論の四騎士
ちなみに、新無神論という定義があり、サム・ハリス『信仰の終焉: 宗教、テロと理性の未来』 (2004)、ダニエル・デネット『解明される宗教~進化論的アプローチ~』 (2006)、リチャード・ドーキンス『神は妄想である』 (2007)、クリストファー・ヒッチェンズ『神は偉大ではない』 (2007)。
911のテロの後に宗教嫌いの気運が高まり、サム・ハリスの本の後に数年かけて出版が続いたが、読者に飽きられたということなのだろう。
リチャード・ドーキンスしか知らなかった、ダニエル・デネットはどっかで見かけたことがある…学術的な著作をいっぱい書いている。
…ほかは知らぬって感じだったが、それもそのはず他2人は日本語に翻訳されていないらしい。
そもそも無神論者ならぬムシロンシャの日本人には、嫌悪感がないので衝撃が足りず、そもそもウケないのかもしれない。
ちなみに…なぜ四騎士?と思ったが『旧約聖書』ヨハネの黙示録に「黙示録の四騎士」という終末をもたらす騎士がいて意識している。新無神論の四騎士は宗教の終末をもたらすとという皮肉らしい。
ヒッチンズの剃刀
オッカムの剃刀は「必要以上に仮定を増やすべきではない」という原則だが、それの派生形として無神論の四騎士のひとりクリストファー・ヒッチンズは「根拠ない主張は、根拠なく棄却できる」と述べたという。残念ながらヒッチンズはガンで早く亡くなっている。
ブランドリーニの法則(でたらめ非対称性の法則)
ヒッチンズの剃刀に似た教訓として、ここに時間をかけるべきか?の判断に役立つ法則としては、でたらめ非対称性の法則というものがある。これは、
でたらめに反論するためには、それを作るのに必要なエネルギー量よりも、桁違いに大きいエネルギーが必要(wikipedia)
というもので、つまり正しくない人を正しい人にさせようなどという労力は、とにかくコストがデカいので関わるなというルールである。
お節介はやめよう。

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