戯言|水は人が考えている以上にいっぱい(一定量)飲まないといけないらしい。

徒然草2.0

千葉聡『科学的に正しいの罠』を読み終わった。疑似科学やとんでも科学をしりぞけながらも、それが真っ当な科学になる可能性などにもふれているこだわりと同時にそんなにそこらへんに興味がない読者にはまどろっこしい感じのする内容になっていていまいち分からないというかどこをどう切り取ればまとめられるのかというと難しいが個人的に面白いと思った著者の愚痴がある→「私はキリスト教徒ではないが無神論者でもない。それどころか私は、400年続く神社の嫡男にあたり、もし祖父が早逝せず父の気が変わっていなければ、家を継ぎ宮司を努めていたはずである(中略)神道にとってイエスは客神である(実際事情は全く謎だが、幼少期に私は日曜ごとに近所のプロテスタント系教会に通っていた)。」というところで、ようは神話と科学の重なり合わないところに触れるのも教育においては重要というか整合性はとれる、というくだり。へーって感じで筆者の主張がすべてつながった。こういうところ大事。結局、個の人は何が動機で主張しているのだろう?みたいなところのほうが読者にとって大事だったりする。

そういえば水をたくさんのむことをすすめるアプリがアップルストアにあって「これなんでだろう?」と思っていたところ日経新聞の記事”水分補給の6大誤解 「1日2リットル」「コーヒーやお茶はNG」”が話題になっていた。結論から言えば成人男性は食事も合わせて3.7L飲まないといけない(とはいへ米国人成人の体積と日本人成人の体積がそもそも違うので具体的数字で表せられない)わけで、日本人の場合はわからぬが米国人はとにかく半数は水を飲むのが足りていないと言えるそうだ。まあこれは水分量が多い食事になったら急に足りてくる可能性もあるし、そもそも足りないと結論づける科学論文はどういうものがあるのかとか、水分を採りすぎるリスクがおろそかになっている可能性はないのかとか、いろいろな観点で突っ込めなくもないところがある。今は確かにこれが正しくても将来には「水を飲みすぎている」なんて言われだしかねない。まあでも、足りていないというのであれば、意識的にのどが渇いて無くても飲む方向に心を向けるのが妥当だし、なんならアプリで定量的に水を飲むように管理するほうが良いのかもしれない。(いろいろと疑いを持って調べて、どういうことなのか?を把握したうえで、そう一時的に行動を選択するしかない)ということなのだろう。

というわけで、正しい科学的な知識に基づいて行動する。この言葉自体がもう罠にハマっている可能性なども包含しつつ…その科学的正しさを、アップルストアのアプリのけっかから類推してしまうのが、現代なんだなあと思ったのでした。こういうアプリがいっぱいあるから「科学的にはこうなんだ」とか「思想が反映されてこうなっている」という事実がわかるという転倒した感じが面白い。

…というわけで、特に根拠は分からないが、朝起きて水を飲むと胃が持たれるみたいなことをただひたすらいい続けているおじさんのtiktokを見つけて、これまでは、そういうことなら飲まないようにしようと思っていたが、別に胃もたれとかはないので安心して水を飲もうと思った。科学エビデンスがある例も、よくわからない謎な健康法も、一緒くたに扱う弊害もあるし、何をどう選択して行動を決めるのがいいのか?本当によく分からない。

徒然草2.0
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