戯言|ウェルビーイングと宗教

徒然草2.0

「ウェルビーイング(Well-being)都市」(さらにいえば「ウェルビーイング経営」)という言葉があるそうだ。

ウェルビーイングとは、肉体的・精神的・社会的に満たされた「よい状態」を指し主観的かつ個人レベルの問題のようだが、それをさらに都市レベルで評価して高めていこうという発想でもある。というより個人のみならず共同体単位でそれを実現する方向で考えないとウェルビーイングは達成されない…社会的に満たされるつまりは人間関係の質をあげることが求められるためだ。そのため、日本でも自治体が客観的な統計データだけでなく、市民の主観的な幸福感も含めて可視化し、まちづくりに活用しようという取り組みが進められている。

ただ、この考え方には少し疑問もある。

住民のウェルビーイングを高めるには、結局のところ「住む人を選ぶ」ことにならないだろうか。もちろん極端な話ではあるが、価値観や思想の相性をある程度考慮しなければ、高い一体感や満足感を維持するのは難しい気もする。

例えば、もともと宗教的な結び付きが強い共同体であれば、人とのつながりが生まれやすく、ウェルビーイングも高く評価されるかもしれない。が、そこに後からきた人がスムースになじめるかどうかは別の話題だろう。

それはさておき、この点について調べてみると、宗教がウェルビーイングに大きく関与するという研究は少なくない。しかし、日本では寺院の檀家制度が中心であり、欧米のように教会を通じて能動的なコミュニティが形成されるケースとは事情が異なる。そのため、欧米の研究結果をそのまま日本社会に当てはめて評価するのは難しい、という指摘もある。

そういえば、宗教の話題そのものを嫌がる人も一定数いる。

私の体感では、10人に1〜2人くらいは露骨に避けたがる印象だ。

人間というのは本当に面倒くさい生き物だと思う。

もちろん、自分もその一人だという自覚はある。それでも、この手の話を考えるのはやめられない。

結局、人間のさまざまな行動や価値観は、「何を信じているか」という信仰心の観点から見ると、かなりの部分が説明できるのではないかと思っている。👼

参考:ウェルビーイングはSDGsの包括的な概念/上位の概念だという人がいる。

参考:「宗教とウェルビーイング

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