年を取るほど、命が尽きることを以前ほど重大には感じなくなるのかもしれない。
……というのも、生きれば生きるほど寿命は減っていくからだ。
たとえば10歳なら、80歳まで生きるとして残りは70年ある。そう考えると、10歳で死ぬのはとてつもなく“もったいない”。もちろん、「寿命の長さで命の価値は決まらない」という考え方もあるだろう。けれど、単純に“残り時間”という尺度で見るなら、若い命ほど価値が重い、という感覚は自然に出てくる。
しかも老人ほど、そのことを実感するのではないだろうか。
若い頃の感性や体力は、一度失えば戻らない。そう考えると、老人の一年より若者の一日のほうが価値が高い……と感じる人がいても不思議ではない。
40歳になれば、残りはせいぜい40年ほど。まあ、まだ半分だし、あるっちゃまだ残っている。もう十分なんだけどな。
でも、70歳ともなると、「あと1年」と「あと10年」の差も、若い頃ほど絶対的には思えなくなる気がする。もちろん実際には大きな違いがある。70歳で元気でも、80歳になると身体の不調はさらに増えるだろうし、人はたぶん最後まで「もう少し生きたい」と思うのだろう。
それでも、“余命”という基準だけで考えるなら、生きれば生きるほど命の価値は減っていく、という見方には一定の理屈がある。
雑な考え方だとは思う。
「命は等しく尊い」とも言えるし、価値を年数で測ること自体に反発もあるだろう。だから、これが正しいと言い切るつもりはない。
ただ、余命から逆算して価値を考えるなら、そういう結論になる、というだけ。
70も80もあんま変わらない。
というより、死んだ状態がどういうものか、生きている人間には分からない。死者にとって命に価値があるのかどうかすら不明。
もしかすると、「生きていたい」と肯定的に思える時間そのものが、命の価値なのかもしれない。
もういいかなと思うとたぶんもうそういうひとは(私は)命の重さを放棄し始めている。
なるようにしか、なるようにならない。(当たり前)

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