戯言。Youtuber自警団(私刑団?)の台頭が若干羨ましいと感じているこの頃。

徒然草2.0

学生時代に先生も警察も◯もすべて大人は誰も助けてくれないんだな。。。

…って思ったこと有りませんか?

ないですか。

それはいい人生を歩んでこれましたねぇ。

結局は、自分の身は自分で守らないといけないし、火の粉が降りかかれば振り払い燃え広がる前に対処しないといけないし、自分の道は自分で切り拓かないといけないし…というほど勇ましく能動的に行動してきたと言い切れるほど立派な人生や行動はしていませんが、なんとか自分でしないといけない。という精神をできる範囲でわりかし大切にしてきたつもりです。

単純に物理的な力という側面においても同様、喧嘩が強いものの中で弱いものとして生きていくためには、うまく知恵を働かせるとか他人の権力が及ばぬところまで逃げるとか忍耐するとかいろんなほうほうがあるわけですが、もっとも理想とするなら自分が力をつけることになるでしょう。そして、一人の力だけではなくて、同志を集めて同じ力を強くしていくことである、と思いませんか。

そういう意味で、私は昔から自警主義(ヴィジランティズム)ということに興味があります。不正な悪があれば自分で暴きたい。ただ、報復として悪に認定した人から攻撃されることもあるだろうし、自分自身に力が無ければ仲間もついてこない。ヤラれてしまい元も子もないなんてことにもなります。

操り人形にならず、奴隷にならず、自分の意志で不正を正す。もしくは、自らの意思で黒子になって主人ひいては社会の為に戦う。ということには美学すら感じます。最近Youtubeで盗撮していた男性を捕まえたり、ダフ屋をやっていた女性を捕まえる動画を撮っている人が、羨ましいなと感じる。自分のやりたかったことをやっているなと。というか、悪戯をする以上に快感だろう。絶対正義の名のもとに行動できるのだから。

…しかし、行き過ぎればそれ自体が暴力と成り不正悪にもなりうる。天狗になってしまったら自警団そのものが腐っていく。最近の動画では行き過ぎた自警主義が問題になっている。正義であれば何をやってもいいわけではないし、正義ほど暴走した時に怖いものはない。そのあたりの線引は非常に難しいところですが、正しいことを進んでヤラない手もないかな。所詮この世は弱肉強食でしかないっていことが根底にある。正しくて強いものが勝ち弱いものが負ける。そうである以上、危険な道で、しんどい道とわかっていても、進まないと行けない気持ちにもなってくる(あえてYotuber達の過度な暴力の話からはそれてます)。

なので自警団を組織したいという同様の動機で傭兵団を組織することにも興味があります。ロシアのワグネルとか創設者であるプリコジンが亡くなりました。西側諸国はなぜかプリコジンの死亡をすぐに認定。遅れてロシアが殺害の関与を否定。なんなんですかね?このスピードの違いは。ロシア政府の関係者が殺害したのなら報道のスピードはロシア側が早いはずですが…これは一体いかなる理由でしょうか。(このことについて、ちょっとふれておきたいだけの記事になってしまった)

汗。

徒然草2.0
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