日記|保守とはなにか。

徒然草2.0

・『日中外交秘録』(垂秀夫)をさらっと読んだ。外交力を武器に中国と渡り合った元外交官の記録で、読んでいて「カッコいい」「わかりやすい」と感じる内容だった。日本の外交は弱腰だと批判する前に、読んでみてほしい一冊である。

垂氏の考え方では、戦争の対義語は外交なのだという。とはいえ、軍事力で世界一になることも視野に入る中国の時代に突入しつつある。日本人も覚悟を決めなければならない時が来るのではないか。

外交といっても、結局は軍事力や経済力を背景に、できることをやるしかない。相手と対話するにしても、その交渉を支える力が必要になるということだろう。

・村上龍(74)死去……。

デビュー作の芥川賞受賞作『限りなく透明に近いブルー』を読んだきりで、ほかの作品もエッセイのようなものを少し読んだ程度なのだが、非常にバランスのよい人という印象がある。無難だけれど、どこか面白みに欠けるところもあるのではないかと、勝手に思っていた。

ただ、バランスがよいからこそ、『カンブリア宮殿』の司会も長年務められたのだろう。晩年にどんな作品を書くのか楽しみにしていたので、早すぎる死が残念である。

そういえば、村上龍が何かの本で「敗戦国が立ち直るには100年、あるいは150年かかる」といった趣旨のことを書いていたような気がする。何を根拠にした話なのかは分からないが、そうした歴史研究があるのだろうか。

日本は戦後81年を迎え、戦争を直接知る世代だけでなく、その影響を強く受けた戦後世代も少しずつ鬼籍に入っていく。むしろ、そこからが日本の変わるチャンスなのかもしれない。

田中角栄は「戦争を知っているやつがいるうちは日本は安心。戦争を知らない世代が中核になった時が怖い」といった趣旨の発言をしたとされる。戦争を知る世代が社会の中心にいることには、確かに一定の意味があるのだろう。ただ、それは戦争にさまざまな意味でうんざりしている世代の支持を取り付ける言葉でもあったはずだ。時代が変われば、その言葉の受け止め方も変わってくる。

今後、日本の世論や政治の風潮も明確に変わっていくのではないか。変わればよいという単純な話ではないし、日本がアメリカと手を組まないほうがよいとも思わない。ただ、時代が変わること自体は避けられない。

歳を重ねた自分としては、急激な変化は望みたくない。しかし、変化が避けられないのであれば、せめて誤った方向に進み、そのとばっちりを受けるようなことは避けたいものだ。

日本が独立自存、自衛していくための正道のようなものがあれば望ましいと思う。だが、それが具体的にどういう形を取るのか、そもそも唯一の正解などあるのかも分からない。

「自分は自分でできることをするしかない」などと言うと、粋がっていると思われそうなので、ほどほどにしておく。ただ、フィクションであろうと共同幻想であろうと、一人ひとりの心がけが重要だという思いは捨てたくない。

私がよく分からないのは、親米保守、あるいは拝米保守と呼ばれる立場と、独立自存を重視する立場のどちらがよいのか、保守を名乗る人たちの間でも、はっきりした答えが見えにくいことだ。

結局のところ、どちらか一方に振り切るのではなく、微妙なバランスを保つことが重要なのだろう。ただ、それは政治的には地味な選択になることが多い。

そもそも保守とは、現状を維持しながら必要な修正を加え、それを繰り返していくことで成立するものではないか。もちろん、状況によっては大きな変化が必要なこともある。しかし、政治を一気に変えること自体を無条件によしとするのは、何か違う気がする。

今後は、そうしたことについても考えていきたい。

徒然草2.0
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