創作|人生の行き先

徒然草2.0

むかし職場の先輩だった人と飯を食った。その背中を追っていたはずだった。

駅の雑踏から自動改札を通ろうとしたところ、知らないおばさんに背後から呼び止められた。

「ここ並んでいるんですけど?」

たしかに割り込んだような入り方をしたのかもしれないと思い、軽く謝罪して、その列の後ろに並んだ。

ところが、今度はどこで間違えたのか、その大きな駅の自動改札に通じると思っていた列の先が従業員入口になっていた。入口の手前でゲートキーパーをしている係のおばさんに、自分は従業員ではないので間違えたようだと伝え、列から抜けながら聞いた。

「どうすれば自動改札から駅のプラットフォームへ行けたのですか?」

すると、

「所属と行き先がわからないなら、どこにも行けない。でも、決まっていない人にも仕事はある」

と言われた。

何か融通が利かないというか、要領を得ない答えだった。オンラインゲームの村人みたい決められたセリフを言っているような気さえする。

仕方がないので、さっきの列を逆に歩いていった。しかし、いくら歩いても駅は見当たらない。気がつくと、従業員入口に通じる列に並んでいる人しかいなかった。

たぶん先輩はもう自動改札を抜け、駅から電車に乗って帰路についたのだろう。もう追いかける必要もない。

そう思うと、どこへ行ってもいいような気がしてきた。

いよいよ、自分がどこに向かってもいいような気がしてきた。

そういえば、従業員入口のおばさんは「誰にでも仕事はある」と言っていた。

もう一度、あの人に相談してみよう。

そうして列に並び、駅の商業施設のようなところで、清掃をしたり、物品を運んだりする仕事をするようになった。

仕事をしていると、ときどき昔の自分と同じように、行き先を失って駅をうろうろしている人を見かける。

そういう人には声をかける。

「所属と行き先がわからないなら、どこにも行けない。でも、決まっていない人にも仕事はある」

相変わらず、何か融通が利かないというか、要領を得ない答えだと我ながら思うがこれが一番効果がある。声をかけた人はわりと高い確率で従業員入口に入っていく。そして二、三日もすると同僚になっていて、仕事をしているところを見かけることがある。

「あなたも働いていたんですね」

そう言って、あははと笑っておく。

そういえば、冒頭の先輩も、はじめからこの組織で働いていたらしい。

ある日、従業員連絡通路ですれ違った。

「なんだ、おまえも働いていたのか」

と先輩は言った。

誰にでも仕事があるということは、誰がやってもいい仕事なのかもしれない。

自分は何かを目指していたはずだった。誰かの背中を追っていたのかもしれない。

でも、どこかへ行こうとしていたはずなのに、その行き先がいつの間にか絡め取られて、まるではじめから決められていたかのような気がしてならなかった。

もしかすると、はじめから選択肢などなかったのかもしれない。

そんなことを考えながら、仕事がてら駅の周りを歩いていると、またキョロキョロとあたりを見回し、どこへ行けばいいのかわからない人たちがいる。

子ども、青年、女性、老人。

分け隔てなく、そういう人がいたら迷わず声をかける。

「所属と行き先がわからなくても、何かの仕事はあるはず」

そういう、自分と同じような雰囲気の人に声をかけると、どういうわけか成約率が高い。いつの間にか、目利きができるようになったらしい。

彼らは目を開いてどこかへ向かっているのだが、その実、ものがよく見えていないみたいな、オンラインゲームでいうところのモブキャラの顔をしている。

私の感覚では、八割か九割くらいの人がそんな感じで、無目的に駅を徘徊している。

それでも、みんなそれぞれ何かを探している風な顔をしている。

だが、最近はそういう雰囲気には騙されなくなった。

休みの日も駅で、目的がありそうでない人の顔を観察するのが趣味になっている。

私はもしかしたら、この仕事をするために生まれてきたのかもしれないとさえ思い始めている。

そんなある日、相談してほしいと言われ、久しぶりにとある後輩と会った。

飯をおごり、話を聞いた。

帰り道、私は先に駅へ向かった。

背後には、後輩の気配があった。

私は振り返らず、そのまま駅の雑踏へ消えていった。

十中八九、彼も私の同僚になるのだろう。

徒然草2.0
スポンサーリンク
シェアする
gomiryoをフォローする
ごみぶろぐ

コメント

タイトルとURLをコピーしました