戯言。ただ我信ずるのみにあらず。

徒然草2.0

補足1:この記事に書いた内容は、一般庶民向けの教訓化した話であり、実際に立正安国論では「また他人の誤りも戒めていく」と続いている。つまり、正しい教えを広めて天下の太平に務める努力を怠るな。と解釈をするのが普通だと思います。ゆえに、私が書いているのは、思い過ごしかもしれません。

他人の信仰にあれこれいう気はございませんが…家の近くにある日蓮宗のお寺で今月の言葉が「ただ我信ずるのみにあらず」でした。

補足2:上記のリンク先では「私たちは日常生活のなかで、自分だけの正解を相手に押し付けてしまったりすることがあります。それはともすれば、むやみに相手を否定しかねず、発展性のないものになってしまいます」と戒めているが『立正安国論』は日蓮がその時の執政である北条時政に送って無視されて話は発展しなかった。

この一文は『立正安国論』の中に書かれており、法華経に帰依する方々からすれば別に珍しい教訓でもなんでもない(というのも似たようなことを野良仏教者ですら知っている)のでしょうが、このものいいなんだか心に響きますねえ。なんだか自分自身を鼓舞している姿がイメージできます。

「信仰をすれば功徳あり」と宗教は大衆に説いて信者を獲得するわけですが、信仰に加えて正しい行いや正しい努力もしていないと人生は良い方向に向かっていかないよ。という、ある意味とても当たり前な教えです。

とはいえ、他力本願(自分の力ではなくて、阿弥陀如来とかの救いで救われる)という別の宗派の教えとは、少し異なるスタンスである、と解釈してもいいかもしれません。

信じる心は大切だけどそれだけじゃダメなんだよな。

信じるだけじゃ終わらない=実践あるのみ

を宗教が説くって、いいですよね。

(無神教を意識する日本人は、宗教を惰性の長物と捉えがちだけど、けしてそんなわけではないです)じゃあ、効率をUPするために「ただ我信仰せず進歩あるのみ」という物言いいしてもいいかもしれませんが、でもそしたらこの言葉自体が信仰にあたるわけで矛盾しますよね。

となるとやっぱり「ただ我信ずるのみにあらず」でいい気がします。

徒然草2.0
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