戯言。情報消費者から情報生産者へ

徒然草2.0

最近はWebの記事を見て、気になった情報をまとめています。ホットな情報は、時間が経過すると失われると思っており、それをまとめておけないかなー…とぼんやり思っています。今はちょっと労力がかかりすぎているので、もう少し省力化したいですが。例えば、最近ですと、広末涼子が不倫した…という事実はたぶん世の中に残ります。Twitterで楽しんごが不倫相手をdisって、”トレンド”に名前が出ていたという事実は、私の記憶に残らない気がします…まあ、残してもしょうが無いことかもしれませんけど。トレンドに出ていたからこそバズったということは残らないよなあ。その情報拡散状況とかグラフ化できれば本当は良いね。静的なPVとか引用数とかリツイート数とかじゃなくてもっと時系列に立体的な感じで他の情報拡散と比較できればいいのに。Webに出た事実は残るでしょうし、1度世に出た情報は永遠にアーカイブ化されますが、その時それを見ていた私の気持ちを引き出すことは、そう簡単にはできなくなるかもしれません。(よく考えると怖くない?10年前の自分は今の自分と変わっていないところもあるけど、今から考えると思いもつかない考え方をしていることもありえるのです)そんな個人の感情は、後で第三者が研究とかに活用するにしても、一次情報があれば十分かもしれませんけどね。その時、その瞬間を、写真のように記憶して、ふっと湧いた自分の感情を書き留めておいて蓄積していれば、なにか自分のの役に立つかもしれないなあ。漠然と考えているところ。何かの役に立たないかもしれないけれど。いや、その方が遥かに可能性として高いです。でも、そういう思いの蓄積が、自分の歴史でもあるわけです。私だけの思いは、私だけのにしかたぶん役立たないから、もうちょっと第三者に役立つアウトプットにできないかなあと思っていますが。そうしているだけで、とりあえずGoogle AdSenseからはお小遣い程度の小銭をもらえています。すべてとは言わぬまでも一部の記事が誰かに見られて収益化できているようです。これはこれで思いがけない大変ありがたいこと。狙って書いて他人に評価されるというのが一番望ましいことではあるけど。なんとなく書きなぐった言葉が以外にもPVを集めたりすることもある。ちなみに、私はどうとでも受け取れるように文章を書くクセがあるけれど、最近それじゃあダメだと思い始めている。まあ、小説の場合はそれで許されることもあるようですが。。公共に役立つ情報にする場合はダメだというようなことが上野千鶴子の本に書いてありました。この手の本には時々触発されますがしばらくすると忘れる。福田和也がそんなことを言っていて、自分も「人に読ませる文」を書く努力もしたが、遂に実る気配がないし、実らせる気もなければ、無理やり実らせたところできっと誰も食べる気が起きないものになるだろう。まだChatGPTに吐き出されたものが食べられそうに感じる。ChatGPTの吐瀉物に負ける私達の墓場。個人ブログ。

徒然草2.0
スポンサーリンク
シェアする
gomiryoをフォローする
ごみぶろぐ

コメント

タイトルとURLをコピーしました