【投資】株は所詮、あぶく銭だと思っているくらいがちょうどいい。

徒然草2.0

1年くらい何もせず生きていく所持金を残して、それ意外の銭を株式の投資へ回したほうがいい。

…そんなふうにノーガードで攻めてしまえばいいのだ…と私は思っているのだが…その一方で、株式投資は所詮「あぶく銭」でやるものだ、と思っていたりする。今は投資をするのが当たり前の時代になった…だからこそ、あえてその手の諌言を投資をする自分自身が、よくよくその意味を考え抜いた上でその言葉を発することに意味があるのではないか?と思っている。厚切りジェイソンが書いた本『ジェイソン流お金の増やし方』がよく読まれているらしい。いつも行っている図書館の”予約が多い書籍一覧”の20位にランクインしているが、この本によれば3ヶ月分の現金を残したらVTI(バンガード者のインデックス型ETF)を買えという内容らしいのだが…これはちょっと怖い。

…というより投資が自己責任で行われるものなのだから当然だが。何かあったとしても誰も責任をとってくれないのが投資の世界の鉄則。自分にすべての責任が降り掛かってくる。上場企業の株式は「あぶく銭」で買うべきだ…ということについて、もう少し語るが「あぶく銭」で投資をすべきなのはなぜかというと、、、資金の調達したい会社が、自己責任でお金を出してくれる人=”投資家”から出資してもらう仕組み=”株式”への投資ということになる。もともと、失ってもいいお金を、後で何倍にも利益を乗せて返してもらう仕組みに過ぎない、という前提がある。

株式は、誰もが取引ができる証券市場に上場させて、まるで公共の財産としての扱いを受けているわけだけど、その資産が利益を生み出している限り、そして、その利益を得るために多くの人間がベット(掛け)をしている以上、そうそう資金の引き上げが起こることはないのかもしれない…が、価値は相対的なものである。

誰かが一気に換金しようとして値崩れをはじめると、とことん雪崩を起こし続けていく可能性がいくばくかは残る。

例えば、PER (Price Earnings Ratio) は時価総額を純利益で割れば求められる。数値化すると実があるように思えてくる。だが、本当か?時価総額とは、上場企業の株式において発行しているすべての株式のこと。それを1年間の利益で割るとPERが求められる。PERは、1株あたりどれくらいの利益を生み出しているか?の比率だと言ってもいい。

例えば、1株1000円で1株あたり1年の利益が50円だったとすると、PERは20(倍)になる。1年で50円を稼ぐということは、20年で同じ利益50円を稼ぎ続けるとするならば1000円は稼げるかも知れない…ということになる。

もちろん、未来の利益は予想できないが…より企業が成長するのならば、このPERは多少高くても問題ない。ただし利益が不安定もしくは縮小していく市場で勝負している企業であれば危ういかもしれない。PERが20倍なのが高いか低いかは企業の成長性によって異なり、同じ業種で比較したりするわけだが…。とはいえ、この数値も日々変わるわけで、絶対的な指標と呼べる代物ではない。

株式の値崩れ…雪崩を前にしてみれば、これも1つの指標に過ぎない。S&P500は23倍のPER。これは単純に23年間経過しないと投資されている分の利益を生み出せないことを意味する、ずいぶん期間としては長くないか。23年間…人間100年時代にしてみれば短いと言うべきか、それとも人間の人生でもっとも輝いているのは人によって意見が異なるかも知れないが、23年間よりも短いと言えば…これはまた結構な、というか…膨大なと言うべきか。ずいぶん長い期間に思える。その間中株式の状態にしておかないと利益が回収できない紙切れだと言えば米国株は高い気がする。無論、23年間同じ利益を生み出し、今後も同じように利益を生み出し、PERが23倍ならば資産は単純計算で2倍になる。株価が変わらぬ前提の極めて雑なシミュレーションだけど、資本主義経済を構成している人間の営み営利活動を支えるものを信じないと、なかなか投資はできない。

…というわけで、最近の株式市場を見ていると、なんだか不安になってきます。

徒然草2.0
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