戯言。キャリアコンサルの有用性と限界。

徒然草2.0

言ってしまえば当たり前な話なのですが…例えば教育という行為には色々な限界があります。(生徒さんの成長性は無限大ですが、教師として教える側の限界のことを言っています)

例えば、教師と名のつく者は言います「〇〇は(簡単だ)ああしてこうすればいいだけさ」と手順と見本をみせてくれるでしょう。でも、それで生徒さんがやってみると簡単にはいかないことが多々あります。学習にしたって習い事にしたって、そういったことは事の大小を問わず往々にして起きると思います。

教師と名の付く人がせいぜいできることは、やってみせて相手に成長のきっかけを掴んで貰うことだけだ。…教師というものは端的に”きづき”を与える仕事だけなるのではないか、と私は思います。

…なぜなら専門知識をわかりやすく伝えることにさほど価値はない…今や教材やyoutubeや何でも安価で取得できてしまうという”現代”がそうさせているところもあると思います。情報をうまく使う方法論や知見を伝えることが重要になってきた、と言えるのかもしれません。理想的なフォームは外部情報で得られるので、リアル講師はその実践した結果を是正する役割つまり”きづき”を与えることしかできないわけです。

生徒が間違っていることに気づいていない時に、正しい方向へフォームを矯正させ成長を加速させる誘導を正しく行うことが…雑に言えば、実はこれだけできていれば教師はやることがないと言えます。

(相手にやる気を出させる!エキサイティング!楽しぃー!みたいな熱血授業をすることなどの付加価値はあるだろうし、ないよりあればずっといいに違いないけど絶対条件ではないだろう)逆にきづきを得ているひとには、さほど教師は役立てないです…少なくとも定期的に情報提供&きづきを与えることぐらいだろう。

そんな風に思っています。

…というわけで別にキャリアコンサルの価値を下げるつもりはないけれど、教師業とキャリアコンサルの立場は基本的には同じだと思っています。

キャリアをどういう方向性で積み上げるか?というお手伝いは、情報を持っていない人へ正しく伝えなければならないし、専門的な知識を要していることは最低限しているとして、間違った考え方や偏見がある人の是正には一役買う存在だと思います。

そういう意味ではキャリアコンサルは非常に有用です。

だけど、キャリアというほどのものを多くの方が築ける立場にあるか?という観点から、非常に有用性が限られてくる気がしてならないです。人材は企業が選ぶので、望まれる人材になろうとするスキルなり努力をすることは大切だが…やはり限界もあるだろう。そういう人たちからお金をとって一体なにができるだろうか?と自問すると”結構怪しい”汗。諦めたら試合は終了だが、仕事をするという意味では、企業にしてもワーカー個人にしてもタイムリミットというものがあるだろうし、己の価値観や特性を容易に変えることは難しい。

最後に。

だいぶ前に「キャリアコンサルにお金を騙し取られた」という話をある人から相談されました。それが具体的にどういう意味であったのか?は、その人が具体的に語らなかったので、よくわからなかったのです。

ただ想像するに、あまり市場で評価されない就労スキルを、キャリアコンサルにすすめられて力をいれたということらしい。「判断を誤った」のは「キャリアコンサル」のせいだそうだ。たぶんそういう意味で、騙し取られたと言っていた。そういう思考回路に陥るのは、別にキャリアコンサルの責任ではなく当人の問題もあるのでしょう。

人と対面してその人を幸せにする…お仕事はみんなそうなのかもしれませんが、限界を見定めた上で最適解を提示しないと双方に不幸になるんだなということを強く自覚しました。

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