戯言。働き続けて死ねばいい。男なら幸せになろうと思うな。

徒然草2.0

女性に優しい世界というやつは、マッチョな昭和の台詞も流行らない時代かもしれない。

仕事に性を出したって天井が見えていると色々な理由から遠ざかりたい時もある。しかしながら、絶対的に自分にとって”いい言葉だな”と思うのは、どこか男臭いものだったりする。人に言われたくないが、自分で言う分にはいい。

そして、一定の真理がそこにある。

仕事がいつものようにうまくいかなくて嫌になっていた時、ある人に聞いたことがある「あなたはなぜこんなに仕事をがんばれるのか?」と。

その人はいつも生き生きと働く人であり、周りから尊敬されていた男だ。

彼もまた、きっと「自由になりたいとか、お金持ちになりたい」とか、多くの人がそうであるように”胡散臭い自分の夢や目標“を語ってくれるだろうと、私は軽薄な態度で勝手な期待をしていた。

だが、思惑通りにいかなかった。

彼は「なぜそんな質問が出てくるのか分からない」と怪訝な顔をしてから、たしかこんなようなことを言った。

「仕事をがんばっている男が、一番かっこいいからじゃあないですかね?昔の男たちはかっこよかったから、俺はそのようになろうとしているだけ。」

彼は気が利く男だったから私の質問の意図を汲み取って、なるべく私にも分かりやすいように翻訳をして説明してくれたのだと思う。つまり、彼にとってこの言い方は、私に分かりやすく解説するための台詞に過ぎない感じがした。たぶん彼は私の悩みを感じたことがないのだ。やる気を出すとか出さないとかいう次元で、彼はそもそも思考力を無駄にロスしないのだと思った。彼は自分とは大違いだ。自らが光を放っている人に、その光を説明しないといけない理由はなく、くさい台詞なんてそもそもいらないのだ。

今、頑張っているその姿こそが絶対的な真理なのであって、胡散臭い自分の夢や目標なんてものはお飾りに過ぎないらしい…そういう感性の人がいるということが後から分かってきた。

彼は「男は幸せになる必要なんてなくて、女こどもやみんなが幸せになればいいんです」というようなことも言っていた。

…というわけで、なんだか彼に下衆な事を語らせようとしていた、無粋で愚かな自分がますます嫌いになった。

美しい汗をかいて死ぬことが、いつからか私は肯定できなくなってしまっていたことに気がついた。

自分は彼に聞く前から、もう知っていたのかもしれない。

繰り返しになるが…夢や目標なんてお飾りに過ぎず、他人が語るそれらが贋物かどうか誰にも評価できないし誰かがそれを決める資格もない。少なくとも私にとって、自分の夢や目標は現実逃避のためにこしらえたものでしかなかったということに気づいてたが、それを改めて再確認させられてしまった。

男塾の江田島平八もこんなことを言っている。

男なら幸せになろうと思うな。
幸せになるのは女と子供だけでいい。 男なら死ねい。
毎日を死ぬ覚悟で生き、安逸に人生を消耗させるな。
いかなる困難にも負けず、毎日を熱く苛烈に生きるのだ。

人はみな幸せに生きたいということが真であるならば、生きて死ぬことこそが男の幸せな姿なのである。

…わかるでしょーか?

私は彼のマインドに少しでも近づくことができるのだろうか?と考えることがたまにある。

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