戯言。くだらない世の中。池に泳ぐ鯉。

徒然草2.0

永遠の課題かもしれない。

心の持ちようでどうにかなるとか、「おもしろきこともなき世を面白くすみなしものは心なりけり」(高杉晋作)みたいな言葉を持ち出してみても、やはり心が晴れないとなると、いよいよ○グルイする。

自分勝手さを承知で言えば、自分は間違っておらず世の中の方がおかしいのだなどと思えてくる。

…などと言っているうちにはまだおかしい自覚はあるのだが、自分が間違っていようが、いずれにしても自分の外部環境の方がおかしいという確信に満ちてくる。

…こうなるとその人は、テロリストにも成れるし、小悪党にも成れるし、つまらない○犯罪者にもなってしまうのかもしれない…となる。

自分ごととして考えてみると、自分はずいぶん浅ましい人間だと思う。

ただあいにくと言うか、良かったと前向きに言えば、行動力のないテロリスト、行動力のない小悪党、行動力のない○犯罪者は、社会的無害である。…自分で言うのもなんだが。

「ひとりで周りに迷惑をかけないで氏ね」と言われても、自己中心的な人には響かないので言うだけ無駄じゃあないか?

石を投げられて打ち○される心配のない時代において、その言葉を見ねばいいし見ても何も感じない。

そもそも、他人の言葉がそのひとに届かないから、おかしなことをしでかしている結果があるのであって、言葉のやりとりがコミュニケーション断絶している。。。

「相手が耳のない生き物と分かっても、あなたは大声で叫びますか?」と言いたい。

精一杯の善意で言えば、耳のない生き物。本来、耳のあるところがなぜかのっぺりと何も無かったような。耳なし芳一ののっぺら坊バージョンみたいな人の脇に立って、ポケットに隠し持っていたメスで耳の穴を開けたい。

耳から血しぶきが出て、耳がなくて音が聞こえないこと意外は、何にも変わらない同じなその人達が「人殺しよ!」と自分に向かって叫んでいても「何にも感じない」なあ。

…だって耳がおかしい方がおかしいんだもの。

耳がない人たちなのに、なぜこの生き物は「人殺し!」と叫ぶんだろう?

ひどく自分の妄想は矛盾に満ちているなあ。

「耳のない生き物は、叫ぶ声帯がないはずじゃないか」てことは鯉の口みたいに音が出なくてもいいモノがついているはず。

多くの人々が魚に見えてきた不思議。

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