【戯言】相川圭子のディクシャには100万円かかるらしい!?

徒然草2.0

最近、よくWebで相川圭子の批判を目にすることが多い気がしてきた気がします。

批判が爆発する前兆な気もしています。少なくとも悪い方向へすすんでいる気がします。そういう話題に乗ろうとしているブログ記事も増えてきた気がします。あ、このブログ記事もその1つかもしれませんが(汗)

Dave & Ali の瞑想 スペシャル対談 Guest 相川圭子【SNACK ALIEN Spring Special】 – YouTube」の動画コメントにこんな書き込みが↓リアリティがあります。

…同業者の嫌がらせの可能性もありますが…

私のヨグマタ体験談です。
6〜7年前に、友人からヨグマタ(相川圭子さんのヒマラヤ聖者としての名前)を勧められ、本を貰ったので読みました。中々良い事が書いてあり好感を持ったので、数万円を払って瞑想に参加しました。実際にヨグマタに会ってみると、本の内容とは矛盾するような話をされ、イメージと違いガッカリしました。そして、「執着を捨てる為にお金を手放せ。私にお布施をしろ。自分の本を買って周りの人に配れ」といった話をされ、次の段階に進むには◯十万円とか、やたらお金を要求してくるな、と言う印象。また、初心者だけの会のはずなのに、会場になぜか100万円もの大金をお布施(しかも大声で金額を言いながら)する信者のお婆さんがいて、あれ?と思ったり。瞑想については、「絶対に人に言ってはいけない」と、紙に書いたマントラを渡され、心の中でそれを唱えながら、ヨグマタ様と繋がることをイメージする、それでヨグマタ様のパワーで浄化されると言うものでした。個人が修行によって悟りに近づくことを期待していたので、「ヨグマタ様は素晴らしい。ヨグマタ様の絶大なパワーによって浄化されるのだ」と言う教えは受け入れられず、高いお布施を要求されるのも納得が行かず、結局一度きりでやめました。やめた後も何年もしつこく会報や新刊本が送られて来たので、いわゆる霊感ビジネスの類いだと、私は思っています。あくまで当時の私の実体験に基づく感想ですが、ご参考までに。

いずれにせよWebの商売がやりにくい時代ですね。

日本の伝統的な大乗仏教徒でも檀家が大金の寄付をしている…というのはふつうにあることですし、大金のお布施を支払っている高齢者は割といるものです。それをWebが過剰反応しているきらいもあります。この人が書いている事が本当であっても、数十万円で次のセッションへ行ける!という商売は組織維持のために必要なマーケティングの気もします。数十万円のセッションは人にもよりますが、そこまで”高い!”という感じはしません。大金をお布施したおばあさんの行為自体も、本人の自由な意志によるものかと言えなくもない。…そういう意味でリアリティがあると思います。たぶん、本当の話なのでしょう。

…結局は、指導者と信者の関係の問題なのだ、というふうにも思うところが私にはあり、このあたりが是か非かと言われると難しい問題です。その人の価値観で決めるしかないと思います。少なくとも私は、この話を聞いて、そこまで嫌な感じはしませんでした。特定の人の所有資産は…最終的に、政府がもらうか、親族がもらうか、宗教家がもらうか、そのいずれかに過ぎないわけです。親が宗教にはまった結果に不幸になるのは、その子どもですし、そうした不幸はあって欲しくないと思いますが、小金持ちの老齢の方が自ら寄付することは常識の範囲内であれば「そんなものなのかな」と言う感じです。感覚がおかしいのかな??(汗)

なお、私はこの相川圭子というの人の本が読みやすいので、とても気に入っている一方、オウムとGAL(幸福の科学の前身)を足し合わせた何か(チベット仏教+仏陀+ジーザス)だと思っているので、こんな得体の知れない人をマインドフルネスブームにのってNHKを始めとするマスメディアが持ち上げていいのかな?と、もともと半信半疑であり、わりとこのブログでは言っていませんが”怪しい”部分はもとより感じてはいました。というか、相川圭子の師匠(グル)であるパイロットババは、オウムの麻原彰晃の師匠(グル)なので、言ってしまえば相川圭子と麻原彰晃は(近からずとも遠からず)兄弟弟子みたいなものと言えなくもない。インド公認政府のシッダーマスターについてもそうですが、あまり情報があまりない。そのうち信者の鬱積が爆発すると内部情報が出てくる可能性もある。後継者争いや分家・分派も出てくるかもしれない。宗教者なのに色を好むという側面も噂されているが、これもまた世界の聖者のうわさ話を探れば事件性在るものも含めて枚挙に暇はない(数多くの性犯罪を宗教者は犯している)。事実か虚偽か決めつけることにさほど意味はない。

なお…瞑想で世界を救うのは商売とはいわないかもしれないが、いずれにせよ組織で活動するにはお金が必要であり、不足すれば組織運営にも無理が生じるもの。

大金を払えば救われるに違いないという「期待」も、誰かを「指弾」することもまた執着の1つなのでほどほどに。

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