Fallout4は息子を探す目的という大前提があったが、Skyrimは人生の目的を最後まで与えてくれない。突然、現れたレイダーと一戦交えている時だって、住人の悩み事に向き合って小間使いをしているときだって、わたしは片時もショーンの事を忘れたことはない。
山崎まさよしのone more time one more chanceが流れている。⋯が、Skyrimにいるドラゴンボーンらしいわたくしは、なぜに命をかけてドラゴンの厄災を払わねばならぬのだろうか?人生の目標がすっぽぬけた状態だと、なんだかゲームにのめりこめないところがある。
生存していればいいというほどに、サバイバルに意味があるわけでもない。
まあ、サバイバルモードをオフにしていて、その制約を外しているせいで生活に張りがないのかもしれない。
⋯となると、現実世界の私もまたSkyrimの住人であるドラゴンボーンと、おもしろいことにも重なる部分もある。人生の目的がないというのは、言い換えれば生活が安定していることの証明である。それをあえて崩す必要もないのかもしれないと思っているがSkyrimを起動せずFallout4を起動してみた俺ガイル。
試しに黒人の主人公でやってみたら赤ちゃんのショーンが黒人になった。あれ、このまま行ったらショーンの再開時に黒人になるのかな?と思って、たらたらと最初からNomal難易度でプレーをしている。つーか、DLC込みで最初から買えばよかったな。
というわけで真面目に仕事するか。ハイ・フロスガーとかいう雪山にこもってドラゴンボーンの研究をしている導師と修行中。道中、やたら腕力の高い雪男に襲われる。両手剣だと盾がない分防御力が低いのが辛いのかも?しかし一度両手剣にステ全振りと決めて突き進む。特に盛り上がる話もなくたんたんと修行を進めているところです。
人生は退屈なところも体験させてくれる稀有なゲームです。

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