宮台真司が襲撃された事件を皮切りに、宮台真司のYoutubeをいくつか見てみた人も多くいるのではないだろうか。私もそのひとりだ。昔にいくつか読んで面白かったようなよく分からなかったような。
今読めばまた何か得られるものがあるのではないだろうか?
宮台真司の言葉を借りれば良い意味で「感染」する何かがあるのではないだろうか。小室直樹ゆずりのパッションを感じたい!…そういうわけで見ていたYoutube動画で宮台真司の関係者が薦める本「14歳からの社会学」を読んでみた。
以前にも 宮台真司が土井たか子と憲法について対話を見たり、あと何かしらの事件にあれこれ言っている動画を見たりはしていたが。。。
オウム事件の後あたりはニタリとした笑みからしてニヒリスティックなイメージだったけど、意外にクリエイティブな人なんだなーと思うようになった。さすがに14歳向けの本は読みやすかった。あえて私的に気になったところを上げるとすれば仕事に関しての記述であった。
…これって、正論だと思うけど、かなり難しくない?
自分でなければいけない仕事をしている人なんて、変化が激しい社会というか産業の中でも、自分流の仕事ができていると言える人は1割いればいいのではないだろうか。ITエンジニアもわりと自由度が高い仕事だと以前は思っていたし、経営の意思決定に携わる人であれば確かにそういう自分が良い意味で出る面もあるのだが、こだわりが生産性向上に資するかというと結構怪しいと思う。
少なからず今自分がしている仕事の多くは代替可能であるし、自分流というこだわりを全面に押し出すよりも、やるべきことを正確に一糸乱れぬようにやるほうがいい面が大きい。エンジニアリングというものは研究ではなく成果がでる決められた行動を反復することだから、当然と言えば当然なのだが…。
そういう意味では私は自分が自分であるための仕事をしていない=自己実現できていない。「もっと自分に向いている仕事があるはずだ!」と若者張りに思いたい。しかしながら、そういうものもないだろうと諦めている部分もある。いや、もちろん楽しい仕事というのはあるし、それだけをやって食べていけたら最高だって思う部分もあるんだけど。それだけをやって行くというのは収支のバランスが悪い。
…じゃあ自分流っていうのを発揮するのもなんだか違う気がしている。自分のやり方という古さを捨てないといけない面もある。以前にも少し書いたがモダンなプログラミングって、そう思うのは自分だけなのかもしれないが、なんか面白くないんですよね。
今日図書館に言ったら「プログラマーになる!」みたいなオレンジ色の本があってめくってみたけど、pythonのコードをHerokuにUpしてWebアプリを動かす的なことが書いているんだけど、これって何が面白いの?って思って冷めてしまった。その本が悪いような気もするけど。
14歳からの社会学は、子どもに向けて書かれたものだ。
…そういう意味では、私も大人として子どもに「仕事」とはどう向き合っているのか?という姿勢が重要になってくるわけだが端的に「ただ燻っている大人」ってみっともないよな。カッコよさを誤魔化す必要もないと思うし、ひとまずお金を稼げている間はそれはそれで十分な気もするけれど、それにプラスアルファで「自分流」を見つけだしていかなきゃいけないんだな、と強く思ったのでした。
コメント