3章。
父が死の床にある脇で、母が他の男と寝た記憶。その許しがたい姿の女から、溝口(私)は野心を受け継いだ。
友人の鶴川に金閣寺の住職になる野心がないことを知り、私は安堵する。
私は住職に取り入り、マッサージをするために書院へ通った。女遊びを極めた住職の姿は、桃色の餅菓子のように艶やかだった。
やがて終戦を迎え、私は十八歳になる。ある雪の朝、米兵が娼婦を連れて金閣を訪れた。口論の末、雪に倒れた娼婦を踏めと命じられ、私は従う。その行為の中で、自分が興奮を覚えてしまった。その後、米兵から礼にもらった煙草を住職に献上。私は大谷大学への入学の道を得る。
私は大人に取り入るのがうまかった。
…三島由紀夫も秀才さに加えて、そういう偽善がうまかったのではないか。人に気に入られる才能もあった。
大人たちの偽善と、それに順応していく自分。その姿を、私は金閣そのものと重ね合わせていた(のだと思う)
グロテスクな大人社会の表と裏というか偽善の境界が金閣の表と裏に重なり合わせるような描き方で、前の章よりも深く深刻になっており小説に引き込まれると同時にもう読みたくない(というか読んではいけない気がしてくる)。

コメント