読書|『世に棲む日日』を読んでる(8)尊王攘夷志士が外国人を切る理由がとんでもない件

徒然草2.0

司馬遼太郎の『世に棲む日々』を読んでいる。長州藩士たちが、日本にいる外国人を襲撃し、幕府と外国のあいだにわざと問題を起こし、それをきっかけに革命を起こそうとする尊王攘夷思想の話が何度も出てくる。高杉晋作もそうした考え方に強く影響を受けているようなのだが…。

攘夷そのものというより、攘夷を手段にして体制を壊そうとする、捨て身の革命意識を持った人間が当時それなりにいた、ということなのだろう。ただ、冷静に考えると、それを実行したとしてうまくいく可能性よりも、国が滅びる可能性の方がずっと高かったのではないか。外国人を襲えば、諸外国に「日本を武力で叩く理由」を与えることになる。

もし自分が外国人の立場だったらどうだろうと考えないのか。同じことをされたら、やり返さないだろうか。普通はそう考えるはずだ。この構図は、昭和の盧溝橋事件とも重なって見える。中国側が、日本は侵略戦争をしたという立場を決して崩さないのも、この点に理由があるだろう。そうした前提を無視したまま、日本側が「自衛戦争だった」と言っても、対外的には通るわけがない。

実際、薩英戦争は、大名行列に割り込んだ外国人を斬った生麦事件をきっかけに起きている。結果としては薩摩藩が痛い目を見ただけで終わったため、日本史では「イギリスの力を思い知り、近代化のきっかけになった」と前向きに語られることがが…しかしこれは、単に運がよかっただけ。相手の力を見誤って事を起こせば、「ひどい目に遭う」では済まない。国そのものが危機に陥っていた。その引き金を、わざわざ自ら引きに行くという発想は、現代の感覚ではかなり過激でまさに狂気の沙汰。

「どうせ滅ぶなら、いっそ滅んでしまえ」という、やけくそな心理として考えれば、ある程度は理解できるが。ただ、武士階級の中でもそれなりの立場にある人間が、「忠義」や「大義」を理由に事を急ぐ姿を指して、それを単純に吉田松陰の思想を高杉晋作が引き継いだ結果だと説明してよいのだろうか。吉田松陰自身は捨て身だったが国を捨てる賭けは考えてはいなかった。

言ってしまえば…吉田松陰と高杉晋作を強く結びつけて語る必要は、必ずしもないように思う。二人を思想的に一直線でつなぎたがるのは、後の時代、とくに現代の側が歴史を分かりやすく整理したいという欲求によって、少し単純化しすぎている。

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