ネタバレ有り。Fallout4生活が板についてきました。しかし、飯は食わねど被曝放射線量(RAD)には勝てません。ときどき治療してやらないと体力メータを狭くさせるしとにかく面倒でコストが掛かる制約であるRAD。一体これ何のためにあるの?
行動にはコストがかかるというのならば空腹度だけでよさそうですが、ただ同然で食べ物は手に入るし弾薬もスワッガーとかを使えば消費しないが放射能汚染だけは時々医師のもとに参上して治療してもらわないといけない。否が応でもポスト・アポカリプスな時代を感じさせる仕様ではありますが、RAD治療費はある意味で絶対に支払わないといけない現代で言うところの税金のようなもの。ただ時々核汚染のストームが吹き荒れたり水の中に入ったり核汚染物質に近づいて急速に増えることはあるけど、RADアウェイなどの薬を使用せずともさほど気になるものではなく、どちらかというと面倒な仕様だとしか思っていたが⋯。
わたしから息子ショーンを直接的に奪った憲兵ケロッグの記憶を体験した後、どうやら黒幕はインスティテュート(人造人間を製造している謎の科学集団)でそいつらのアジトの手がかりを知るためにバーゼルという人物が隠れ住む輝く海=放射能汚染された地帯へ強行突入。パワードスーツを使うもRADアウェイなどの薬を使って突き進むしかない。核汚染をゲームで追体験するってすごいな⋯核汚染なんて絶対にしてはいけないと思うが、実際には防護服や薬でどうにかなるものでもないから現実よりずっと甘い仕様ではあるが、ただその中を突き進んでいるだけで息が詰まりそうな気持ちになる。ただその中でもFallout4の世界では生態系というか少なくとも生物が住んでいて、放射能汚染されても謎に耐性をつけた宗教集団を形成する人たちがいたりする。完全な死の世界にはなっていないのが如何にもゲームではあるが、痛々しい雰囲気がよくできている。
放射能は発見当時は万能薬のように考えられていてそれを皮肉った描写らしいが、被爆国の日本人はこういうやり方で表現してはいけないと思っている気がするので、やはり外人にしかできない表現なのではないだろうか?一番腑にオチないのが「RADが回復できること」その時点でフィクションがリアルを冒涜している気がしてならない。
放射能の汚染という毒は一方的で不可逆で表現しないといけないだろう。そういうゲームつくればいいのか。でも東海村JCO臨界事故で亡くなった方の写真やヒロシマの口径が頭にこびりついているせいで制作しているだけで辛いものがある。どこかへ封印してしまいたいという無意識があるので、それを積極的に有意識化してやる必要がある気がしないでもない。
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