5億年ボタンのバグで記憶が残っているのだが、どうすればいいのだろうか。誰に修正を頼めばいいのか…。
もっとも、記憶そのものは消すことができないし、今さらどうすることもできない。システムのバグを残したまま本番データをいじったのだ。バックアップなんかないので、本番データは戻せない。
…そもそも私の記憶力はあまり良くないし、記憶容量には限りがある。だから、5億年ボタンを押したという確信――というか信念――だけはあるのだが、「なぜ自分の目の前に5億年ボタンがあったのか」はわからない。5億年も経過しているのだから、わかるはずもない。
そもそも、そんなものが本当にあったのかどうかも怪しい。たぶん、私の話を聞いても誰も信じないだろう。ただ、もし仮にそんなボタンが存在したのだとすれば、私はその危険性を承知したうえで――いや、正確に言えば「押してみなければ分からない」という浅はかな発想とノリで――押したのだろうという確信がある。どうせ5億年の何もない茫漠とした空間で悠久の時間を過ごしたとしても、その記憶は消えるのだ。押しても押さなくても、今の自分には関係ないだろう、とそう考えて、私はきっとそのボタンを押したのだ。
本来であれば、5億年ボタンを押す前までの記憶が復元され、何も起こらなかったかのように、5億年ボタンの前に自分が立っているはずだ。しかし現実はそうなっていない。そのあたりもバグっているのか、夢から目覚めたような有り様だ。
まとめると、こういうことになる。
私は5億年ボタンを押したという確信だけを持っている。あるいは、5億年という時間をそれとなく過ごし、若干の苦痛らしきものを味わった記憶がある。しかし5億年が経過したあと、私は5億年ボタンの前に佇んでいなかった。
この経験は、教訓と呼べるほど示唆に富んでいるわけではないが、ひとつだけ言えることがある。五億年ボタンを押したところで、大してやることのない人間は、やることがなくて途方に暮れ、それなりの苦痛を味わう。しかしその苦痛は、時間が過ぎ去ってしまえば、ほぼゼロになる(たまたま私のようにバグでボタンを押した確信だけが残ることがある)。ゆえに、ボタンを押しても押さなくても、大差はない。押すべきか、押さぬべきか、どちらでもいい。結果は変わらない。
記憶というものは、人間の生存機能である脳が、過去や未来をあれこれこねくり回して生み出した、いわば偽造情報にすぎないのかもしれない。それを五億年ボタンなるもので操作したところで、意味が大きく変わるわけではないのだ。
繰り返しになって申し訳ないが…どうせ読者は、私が本当に5億年ボタンを押したことなど信じていないだろう。仮に真剣に聞いてくれる人がいたとしても、「押した確信があるだけなのだろう」くらいにしか受け取られないだろう。哀れみの目か好奇の目か、多くの人はまったく興味ない話をするつまらない男を見る目で見られるのだろう。私自身も、確かに押したという証拠があればとは思うし、それがなくてももう少しおもしろい話になればいいのにと思うが…別にこの話にオチはない。
では、どこかから赤い丸いボタンを拾ってきて、「5億年」とラベルを貼り、目の前で見せれば証明になるだろうか。いや、そんなものを押しても何も起こらないし、後付けで現物を用意する行為そのものが、かえって疑わしい。結局それは、頭の中の出来事と何も変わらない。
もっとも、人が作ったものにはバグが含まれるし、ときどき表に現れることもある。そのことを踏まえれば、私は確かに5億年ボタンを押したのだ、と言えなくもない。
そういえば哲学者ウィトゲンシュタインは、「月に行ったか行っていないか」という確実性について考えたらしい。この確実性の対象としては、「月に行った」ことも、「5億年ボタンを押した」ことも、大差はないのではないか。
私は確かに押したのに、それを証明する手段がなく、もどかしい。そして、5億年の時があっても、結局私は何も残せない、無意味でちっぽけな存在なのだという確信だけが残る。それが思い込みだとしても、一度確信してしまえば取り返しはつかない。後悔はしていないが、いい人生だったとも言えない。
5億年ボタンなんて、その程度のものだし、自分もまた、その程度の存在なのかもしれない。
朝方四時ごろに目が覚める。まだ時間があると思って布団の中でまどろむ。ずいぶん寝た気がして時計を見ると、数分しか進んでいない。もう一度目を閉じる。早く起きる時間までスキップしてくれ、と考える。私ならきっと五億年ボタンを連打する。体感は変わらないのは承知の上で、それでも進んだ気になるかもしれないという期待を込めて強めに押した。
指は何度もボタンを押している。5億年ボタンのはずだった。あとで考えれば、それはiPhoneのスヌーズだったような。気づいたときには、起床時間はとっくに過ぎていた。5億年は進んでいない。現実だけが先に終業時間へ向かって加速していて、私はその場に取り残されていた。遅刻の理由をどう説明するか考えながら、私は確かに5億年ボタンを押したと確信している。
目を覚ましたら、すでに仕事の始業時刻を過ぎている。
5億年は進まなかったが、現実の時計だけは容赦なく進んでいた。


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