戯言|相手を喜ばせる聞き方とか話とか

徒然草2.0

いい人とは、人を喜ばせる人だ」と言っている人がいた。
人の話を聞くときは、たとえ知っていることでも、知らないふりをして聞くのがいいらしい。

でも私は、自分が知っているか、知らないかにしか、あまり興味がない。
知らないことを長々と話されると、正直あまり面白くなくて、顔にも出る。
相手はさぞ不愉快だろう。
逆に、知っていることを話されても「それ知ってるからもういいよ」という顔をしてしまう。
これもまた、相手は不愉快だろう。

「聞く技術」という言葉があるけれど、あれは思った以上に難しい。
ただ相槌を打てばいいわけでもない。

タモリが「人がいちばん気持ちよくなる言葉を返す」みたいなことを言っていた。
相手が望むリアクションを返す。つまり、話を聞くにも作法があるということだ。

意識するのは面倒だし、話し相手が不機嫌になるのも面倒。かといって、話を聞くこと自体が面倒なときもある。でも、情報は無料で手に入るし、話の中に一つでも面白いものを見つけられたら、人間関係的には得なのかもしれない。損得で会話をするのもどうかと思うけれど、まあ、有意義に過ごしたほうがいいに決まっている。お互いに、少し得をする会話が理想だ。

ただ、まったく知らないことを教えられると、「それって私が知る必要ある?」みたいな顔をしてしまいがちだ。たぶん、それはよくない。話してくれてありがとう、という姿勢と、説明している側が気持ちよくなっていく流れを作るのが大事なんだろう。

「それで?」「どうなったの?」「例えば?」こんな返しだろうか。

相手が話すのが好きな人なら、勝手に盛り上がる。でも、仕方なく話している人もいる。そういう人には、むしろ逆効果な気もする。

いっそ「その話、匿名でブログのネタにしていいですか?」と聞いたほうがいいのかもしれない。
別に仲良くなりたいわけではないし別にブログに興味あるひとなんあいないけれど、ブログを知ってもらうきっかけにはなる。一石二鳥を狙うのは品がない気もするが、まあ、現実的ではある。

そういえば最近、人にプログラミングを教えることもなくなった。
未知の人と出会う機会が減って、少し退屈だ。
フルコミッションの営業でもやればいいのかもしれない。

やはり、フラットに誰かと話す機会、できれば未知の人や未知の情報を持った人と話すのは悪くない気がする。普段一人でいる人や、周囲の人間関係が固定化している人ほど、そういう欲求はあるんじゃないだろうか。

もっとも、その欲求を満たさなくても、今の自分はたぶん困らない。若いころは未知が必要だった気がするけれど、今はそこまで切実ではない。それでも、何もしなければ、世界は広がらない気がする。

「100円で30分、話を聞きます」みたいなサービスでもやればいいのか。別に無料でもいいのだけど、無料で話を聞くのは、なんとなく変だ。だから小銭くらいもらう。

レンタル「ただ話を聞く人」。スキルシェアで1000円くらいなら需要はありそうだけど、そこまでの責任は負いたくない。100円なら、「返して」と言われることもないだろう。

プログラミングでは1時間5000円もらっていた。
本当は、もっと高く売れるサービスを作るのがビジネスマンなのだろう。
でも、それは正直、難しい気がしている。

徒然草2.0
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