最近、俺はキャベツの芯ばかり食べている。
理由は特にない。出されたものを残さない。それだけだ。
子どもの頃からそれが当たり前だった。給食は残すな。好き嫌いを言うな。
食べたくなくても、腹が一杯でも、息を止めて飲み込め。
固い米も、塩辛いおかずも、焦げたパンも、腐りかけの果物も例外じゃない。
残さず食べる。それが「ちゃんとした人間」の条件であり、俺の美徳だった。
だからキャベツの芯も食べる。ブロッコリーの芯も薄く切れば何とかなる。
栄養があるのかは分からない。心が満たされる食事とは言えないかもしれない。
だが、昔からのルールは守っている。
ある日、妻がキャベツの中から芋虫を見つけた。黒っぽい緑色で、ぬめっとしている。
調べても正体は分からず、たぶん蝶ではないらしい。蛾か羽虫か何かの幼虫だろう。
「気持ち悪いね」と言いながら、妻は捨てなかった。
それ以来、芋虫は虫かごの中で、キャベツの柔らかい葉をもらってかじっている。
瑞々しく、甘そうな部分だ。俺は相変わらず、キャベツの芯を食べている。
いつの間にか、家の中の序列ははっきりしていた。
一番上が芋虫。次が妻と子。
俺は最下位で、芯をかじっている。
誰かが決めたわけじゃない。
ただ、俺が何も言わなかっただけかもしれない。
最近、ハムスターを買ってきたそうだ。柔らかいニンジンとキャベツを食べている。
俺はニンジンの皮とキャベツの芯をゴリゴリと噛み砕く。
「次はモルモットもいいね」「ミニウサギも欲しいな」
柔らかい部分の需要は、増える一方だった。芯は、自然と俺のところに集まった。
ある日、気がついたのだが芋虫はいなくなった。
成虫になったのか、死んだのか、誰も気にしなかった。
キャベツは、いつも通り減っていた。
夜、眠れない日が増えた。理由の分からない苛立ちと、涙。
俺は何をしているんだ。誰のために、何のルールを守っているんだ。
俺が人生で守りたいのは、そんなことだったのかな。
その夜、夢を見た。
柔らかいキャベツの葉を噛んでいた。
白いティッシュの上で、体を丸めて芋虫のようにゴロゴロしていた。
何も求められず、何も我慢しなくていい。
朝、食卓にはキャベツがあった。
柔らかい葉は小動物たちの皿に分けられ、芯だけが一つ残っていた。
誰もそれを取らなかった。やがて、片づけられた。
虫かごは空のまま、新しいティッシュだけが敷かれている。
そこにも、もう何もいなかった。

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