戯言。財務省解体は一体何のため?マイスリーを飲むのは何のため?

徒然草2.0

・財務省の前で解体デモについて。端的に言ってしまえば、財務省の解体というより目指すべきは権力の分散では?人によって、財務省をなぜ解体したいのか?の理由が異なる気がしている。それはそれとして、まず解体すべきという主張もありかもしれないが、暴力革命は非現実的なので政治により変える他にないので財務省の前でデモをするよりも財務相を解体して作り直す法律を作れる政治家を選ぶための選挙行為に対する啓発を大衆に行うべきだが、それにはやはり何のためにやるのか?しっかり説明できないと意味のないデモに見えます。また、財務省解体に向かうその契機が間接的にはデモなのかもしれないが、直接的に社会を変える行為ではないのでは。あと、増税による生活苦の原因が財務省にあるという主張だとしたらそれは性急な結論では。そういうわけでほうぼうから指摘されているけど、気分的なデモである気がします。…なお、これは私の理解ですが、財務省は、下位の組織の主税局が予算権と国税庁の徴税権をもち各省庁の力を抑え込み、政治家を国税局の税務査察権で思い通りにコントロールする。そして、それらが1つの組織に備わり権力集中していることが、政治デモの本質的な主張になるのでは?と、疑問を持ちつつ勝手に解釈している。本当にそれでいいのか不明。森永卓郎は財務省の呪縛に捕らわれてないのはれいわ新選組の山本太郎だけだというようなことを言ったが、それからしばらくしてれいわ新選組をXでは組織的にわざわざ叩くアカウントが激増した。ザイム真理教が一枚噛んでいるのかもしれない、なんていうと陰謀論めいているのでこの辺で辞めておくが、れいわ新選組を許さないという想いがある人に言ってもその人の想いを組んだアンチれいわ新選組の大衆に言っても届かないが「なぜ?」と疑問に思っている人は結構いるのではないだろうか。おかげさまで私のタイムラインでは、れいわ新選組の人の投稿が減り、アンチれいわ新選組の投稿ばかりになった。ネガポジ判定すなわち、れいわ新選組を好意的に評価するポストか、逆に、アンチれいわ新選組に敵意があるポストをするかは、ほぼ100%アルゴリズムで振り分けられるはずなので、ネガポジによるグルーピングしたタイムラインを表示して欲しいと思うのだが、Xがそのへんをいい塩梅にはやってくれないらしい。

・治らない病気になったら基本的に終わりだと思っている。現代の医療行為により延命されるだけ。で、その延命のコストは払いたい人が払えばよく、払えない人は死ぬしかない。しかし社会保障で補う=健康な人が支払ってくれているのは、感謝の気持ちや在る種の自己犠牲をしてでも社会のためにする気概がないと始まらない気がするが、そんな高尚な思想は差し置いて私たちは低俗な無尽蔵に救われたいという欲というか命に対する執着を持っているところもある。それらのみが全面に押し出された主張を聞くとうんざりする。現代医学によって人(自分)が救われることがあることは大変よいことだし、救われない命が救われるようになることはもちろんよいが、万能性に高いコストを支払うのには何でもそうだが限度というものが諸問題のどこかしらにはあるものだ。自分の命はまあいいとして、じゃあ「自分の家族が高い医療費が支払えず亡くなる場面でも同じことが言えるのか?」という問いを突きつけられると結構回答は難しくなってくる。義務論と功利主義の「トロッコ問題」の応用編にも聞こえるが、自分と相手との問題に行き着く。どう回答するのか難しいのだが、ここでせねばならないとすれば、私は基本的に義務論を選択するのが正しい(が実際にどう行動するのかは理論を超えるものだと思う)。まあなぜこんな話をしたのかというと石破茂が「キムリアという薬があって、1回で3000万円ですよね。有名なオプジーボが 年間に1000万でございます」と名指しで答弁を行ったそうで、他に削れるところがあるのになぜ若年者の希望を奪うのか?という声が上がったが、それはもっともだと思うし、主に老人の認知症を遅らせるレカネマブにお金を掛けるよりも未来ある若者にお金をかけるほうが公平だという主張もとおるのだが、どちらもコストはコストに変わりなく希望に対してベットする行為が手放しで称賛されていいわけではないのでは?という疑問があります。そういえば睡眠薬のゾルピデム(商品名:マイスリー)が認知症を引き起こすリスクを上げるらしい「脳に“ゴミ”を溜めて認知症を招く「恐るべき睡眠薬」とは?医療・製薬業界が激震」睡眠をとらないと将来認知症になるリスクが高くなるのに薬を飲んでもリスクが下らず逆に上がるとしたらなんのための睡眠薬か?という気がしますね。

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