ただの夜に寝ている時に見た夢の話。
私「業務で使われるプログラミング言語はどれも似ている」
…というような話をなぜか橋下徹と私がしていた。
プログラミングはどれも似たりよったりだ。
だから、1つプログラミング言語を覚えれば複数の言語を理解するのは容易いし学習コストは下がる。
現代のプログラミング言語(スクリプト言語)は、
手続き型言語という部類の言語に関数型言語のアイデアが盛り込まれている。
橋下徹「じゃあ、その中の1つのプログラミング言語が使える人(=あなた)ならば、
どの言語も似ているのだからすべてのプログラミング言語は使えますよね?」
橋下徹がにやにやと笑っている…。
うっ…これは痛い返しだ。
Yesと言えば、すべての言語を使えないといけなくなる。
すべての言語を使えるというのは結論からいうと無理だ。
どの言語も似ているところはあるが違うところもある。
この世にプログラミング言語は無数にあるわけで、その差異をすべて理解することは不可能だ。
Noと言えば、プログラミング言語は似ているといった発言が揺らいでくる。
早い話が「業務で使われるプログラミング言語はどれも似ている」という発言は矛盾する。
矛盾することを言ってはいけないのではないだろうか?
ゆいいつ言い逃れる論理があるとすれば、
「似ている」ことと「1つ理解すれば似ているから理解できる」ことは違うと言うことは可能だと思うが、
矛盾があることを言うことはおかしい。
なんだか言い訳がましいし苦しい。
自分で議論の負けを認めず濁した言い方をして、平然とスルーすればいいのに苦しい事実は変わらないものだ。
橋下徹はそれを分かっているのだろうか?にやにやと笑っている。
矛盾した発言をしてしまった自分の失態だ。
本当に息が苦しくなってきて息を吸っても息を吐くこともできなくなってきた。
そういえば、過去にもそんなことがあった。
矛盾を指摘されて「嘘をついたのか!?」と罵られる。
竹刀で脇を叩かれて息が出来なくなる。
ホースで水をかけられて寒さのせいか恐怖のせいか吐き気がする。
あの頃の光景が脳内で再生される。
橋下徹みたいにやにやと笑っている。
…ああ、そのせいか。
橋下徹の顔を見るだけで、PTSDが発症した。
夢から目が覚めたが、PTSDなんて発症したことないのにPTSDが発症する夢なんて見るのかしら。
しかも、よりによってそのトリガーが橋下徹の笑顔である。
私にとって政治家の顔が有害なものになったのはいつからなのだろう。
コメント