「ナチスは「良いこと」もしたのか」という本を巡って罵倒のオンパレード…面白がっているのは第三者の私だけでありマジョリティの読者はドン引きかもしれません…というか、ただ単に仲正昌樹が激怒しているってだけで、それ以上でもそれ以下でもありませんが、いつまで続くのかしら?と興味津々であります↓
以下の写真付きポストを見て、「とーしょくぱみゅぱみゅ」が私の本当の読者と信じ、彼に”同情”して私を攻撃した連中に写真に詳しいのがいたら、どうしたらこういう本の集合写真が撮れるか説明してくれないかな。みな宙に浮いているうえ、下が揃ってない。何らかの映像加工がないと、無理ではないか。 pic.twitter.com/t8g5lbmTSH
— 仲正昌樹 (@nakamas2) December 1, 2024
仲正昌樹の本は、(内容ではなく本の厚さが)薄い入門書もあるけど、基本的にお硬い分厚いやつが多くて、なかなか手に取る勇気というか時間ははないけけれどXから伺える人の「怒り」というものでも(それを全面的に真実だと言う気はありませんが)「怒る」っていうのは人間の基本的な感情です。そこからこの人に興味を持って、このへんの本にもチャレンジしてみようかな?と思ったりもする次第です。
本の内容と執筆者の人格は関係がないとはいへ、「怒る」って人は西部邁とか三島由紀夫とかもそうだしYoutubeで肉声とかが残っていている。芸術家の岡本太郎とかもパフォーマティブな感じではあると批判も多いが「怒り」を肯定していた。
エクリチュールよりもパロールのほうが上位になるというかなんて言えばいいのかしらんけど、そっち知っている人のほうが結局は勝ちだ…と勝手に思ってしまっているところがある。
西部邁の本を10冊を時間かけて読むより数分でも「西部邁に生前あって、言葉を交わしたことがある」と言われれば、私は何も口出せない太刀打ちできない。まあ、それは変だし、別にそんなこと気を病む必要はないが実際にはそういうことになっている。じゃあ今すぐ生きている老人に会いに行け!というのも、ちょっと違うだろう。でも完全老人?になる前にパブリックな人(大学教授)とかには会えるうちに会っておいたほうがいいと思う。
最近、丸山眞男と吉本隆明の関係について学び直そうと、仲正昌樹『“戦後思想”入門講義: 丸山眞男と吉本隆明』を読もうとしていたが、結局は時間がなくて諦めてしまっていたのでせめてXでも眺めて討論ならぬ闘論を楽しむのが関の山。
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