あー、ゲームが楽しい。
ゲームをしている時だけは日常の嫌なことをすべて忘れて集中できる。
不思議だ。
勉強は15分やるのも苦痛なのに、ゲームなら3時間は簡単にできる。
仕事は5分やるのも苦痛なのに、ゲームなら寝食もトイレも忘れて半日没頭できる。
何だったら1日中だってできる!
…そんなくだらない話を、酒の席でゲームが大変好きな職場の同僚のTさんから聞いた。最近、ゲームをするコントローラを、新しいものに買い替えたらしいとも後で聞いた。赤い色をベースにしたゲーミング仕様のカッコいいやつだそうだ…。
…そんなくだらない話を聞いた後すぐだったと思うのだが、Tさんの目が虚ろになり話かけても上の空になった。ストレスのせいか、以前とはまるで別人だ。この部署はやっぱりヤバいのかも。まるで自民党の総裁みたいな顔をしていて、生気がまるでない。それからというもの会社を休みがちになり、周りの人もこれはヤバいと思ったのだろう。しばらくして、体調不良ということで会社に来なくなり、その後は無断欠勤しているという。
総務の人が親族へ連絡したが、Tさんとは連絡がとれないそうだ。Tの親は高齢で遠方に住んでいるらしい。私がなぜかTとは違う部署なのに、ゲームの話をしている仲よしだと会社の人たちに思われていたらしい。私が立ち会いのもと警察の人とアパートの管理人に来てもらい、Tが一人暮らしする部屋へ踏み込むことになった。
翌日、Tの部屋へ。
アパートのドア越しに、ゲームの音楽と効果音とボタンをカチャカチャする音が聞こえた。あとは「うっ、うー」といううめき声もした。背筋がぞくっとした。でも、まだTは生きているという意味では、”最悪”の事態は免れたと思って、ちょっとホッとした。
えーと、Tが会社に来なくなったのが、木曜日でそれから土日を挟み月曜日に3日目の無断欠勤があって、今日は火曜日だから…5日間ゲームをし続けていたのだろうか?まあ、一種のゲーム依存症ならありえるかもしれない。そんなことって世の中にあるのかな?あとでググって見よう。ちょっと呆れてしまったわ…
「おーい!だいじょうぶか?Tさん!?」ドア越しに声をかけたが、「う、うっ」といううめき声が相変わらずするだけだ…。アパートの管理人に鍵を開けてもらって部屋に踏み込むと、ダンボールなどが散らかった部屋で、私たちを背にしてゲームをしているTの姿があった。部屋の壁紙が赤く、座っているゲーミングチェアも赤と黒いよくあるやつだった。
ゲームができるぐらいには元気なんだな。お騒がせにも程がある。職場で笑い話になって終わればいいと期待をした。部屋に踏み込み、Tの肩に手をかけて揺さぶった。Tさんは相変わらず「うぅ、うぅ…」と低い声で呻いている。何もない明後日の方向を向いており目は虚ろ。忙しなく赤いコントローラを離さず、カチャカチャと動かし続けているのが異常だった。やっぱりだいぶヤバい、頭がおかしいのは間違いない。
「おい、一回そのコントローラを地面に置けよ」Tは相変わらっず、激しくゲームのコントローラを動かしている。それを辞めさせようと両手を押さえつけたがびくともしない。羽交い締めにしてモニタから引き離そうとしたが、Tはわりと大柄な男なので私の力では無理だ。
ゲームのスイッチを切るかモニタの電源を落とせばいいのかもしれないが、鬼気迫る勢いでゲームをするTの姿を見て、それをやると”こちらの身が危ないのではないか?”と直感した。その場にいた警察官でさえ、そう感じたのではないだろうか。「おーい、君。だいじょうぶ?」最初はTの耳元で声をかけていたがTは反応しない。とはいえ警察官も無視されればむきになる。
忙しく動かされている赤いゲームコントローラを払い落とそうとしたがTは抵抗していたが暫くして警察官に取り押さえられた。Tは仰向けになって押さえつけられながらも、天井のはるか先を見つめながら腕を軽く前に出し、ゲームをしている風に両手の親指をグリグリと動かし続けていた。…そのままTを放おって置くこともできないので、任意同行ということで警察署へ連れて行かれたらしいのだが、それからTは会社を辞めることになり精神病院に入れられたという話を聞いた。
Tはあの時と変わらず、肘を90度にまげ腕を前に出しゲームコントローラを握ったような格好をして、両手の親指を動かしてうぅ、うっと唸っているのだろうか。Amazonで赤いゲームコントローラを探したが同じタイプのものは見つからなかった。
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