創作。『※告示事項アリ』

徒然草2.0

俺は50代の独身貴族。公務員の仕事を辞めて悠々自適に暮らしている。もともと贅沢に興味はなく、これといって趣味もない。仕事と読書ぐらいしかしてこれなかったが、これからはもっと自分の時間を大切に生きていきたい。とはいへ、今から趣味らしい趣味がすぐできるわけでもないから、仕事で忙しくて読めなかった本をゆっくり読む時間に直近あてようとしている。

都市の外れに中低層の3LDKで80平米のマンションを購入した。中古マンションで築10年か20年くらいだろう。リビングから南向きの眺望は大変よく、晴れた日はずっと先まで空が見渡せるので気に入っている。

大量の本を持ち込んでもまだスペースが余った。男一人には広すぎる気もしたが、まだ本は増えるかもしれない。大は小を兼ねるというし部屋が広い分には困らないだろう。本に埋もれた生活をして、そのまま本に埋もれて死ぬのは俺の本望だ。

ところがこの中古マンションだが、どうやら幽霊が出る。

ふと洗面所にたつと気配を感じ、振り返ると誰もない、、ということがあった。夜中に本を読んでいるとすすり泣く声が聞こえる。おそらく10歳前後の女の子だと思われる。何に怯えているんだろう?、とその時は感じた。自分のすぐ頭の上の方で聞こえる気がしたが、隣人の音がこの部屋へ漏れるというたぐいのものでもないようだが。

ある晩、床がこすれる音がして目が覚めた。耳をすましたが、下階の音がもれているわけではなく、自分のすぐ横か、ドアを隔てたベットルームから聞こえる。パタパタとスリッパで歩く音もする。その歩幅から推測するに大人の女だろう。掃き掃除をしてから拭き掃除をしていることが分かるので、たしかに掃除の音だ。夜中に掃除している婦人がいる!と、管理人へそのことを伝えたが「隣人の音が反響して眼の前で聞こえる」こともある「今度そういうことがあったら注意するから部屋をオシエテ」と、めんどくさそうに言われただけで真剣にとりあってくれなかった。

あくる晩、米国の小説を読みながらソファでうとうとしていたら、文字をワープロに打ちこむキー音で目が覚めた。男がひとりごとをぶつぶつ言いながら何かを書いているようだ。カチカチと軽い音だが、忙しなく叩きつけられる音にイライラしてきた。「うるさい!静かにしろ!」と怒鳴ったら静かになった。

すすり泣く女の子、掃除をする女、物書きをする男…夫婦と子どもの亡霊だろうか。俺はこの家族と一緒に住んでいるのだ!と考えると逆に少し愉快にさえ感じてくる。音が少しうるさいくらいで、読書の邪魔になるくらいだから、いいと言えばいい。怖いという気持ちはまったくなかった。

そういえばこの物件を買った時だったか、最近になって見た不動産屋のチラシだったのか。物忘れが多くなりはっきりと思い出せないが「※告知事項アリ」とか書かれていた。その時は何も気にならず知らされていなかったが、念の為に不動産屋へ問い合わせてみることにしたんだ。

「前の住人はどんな人で、一体何があったのですか? そういえば告知事項についてお聞きしてしていませんでしたよね?」と聞いたら、不動産は軽くわびをいれた後に言い訳っぽく「まあ、そんなに言うべき話でもなく、告知事項にしなくてもいいことではあるとは思ったので…」と前置きをした後「よくある自然死でした。発見が遅れてしまいまして」ああ、そうなのか。「大量の本に埋もれた部屋で、ベットの上で男性は亡くなられていたと、管理人から聞いております。」なーんだ、てっきり自殺か事件だと思ったのに、つまらない死に方だなーと思ったら、目の前が暗くなっていった。

徒然草2.0
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