私は自分でアナキストだと思っている…というより、人は本来的にアナキズムであると思っている。
国籍とか民族のバカバカしさ
生まれた場所がどこの国で、親の国籍が何で、出生された人間の何をいったい決めると言うのだろうか。両親の国籍が違えば子どもが成人になった時にどちらをとるか選べるそうだが、そのへんは自分が当事者ではないのであまり興味がない。自分のアイデンティティは結果論だ。魂や輪廻を本気で信じていないから、矛盾した言い方になるが「私達は親の国籍を選べる分けじゃない」。法律で国籍が決められても、アイデンティティは決まらない。
民進党の蓮舫議員は中国人というアイデンティティを持ちながら利便性を考えて日本人を選んでいるという発言を若い頃したのがTwitterに上がってくるが、これはよくよく考えれば当たり前な話である。そんな人が民進党の代表になりひいては総理大臣になる可能性すらあったと思うと「ゾッ」とすると考える保守層もいたと思うが。まあ、日本人ならば、日本人がいい、そう言い切る日本人なるものは多い。まあ、別にそれは日本に限った話ではなくて、異邦人をよく思わない、すくなくとも政治に参加して欲しくないというのはどこの国の人でも持ち合わせている感情であろう。
そのことに違和感を感じつつも、私も中国大陸からごっそり中国人がきて中国語が公用語になるのはごめんだ。福建省とか四川省の1つとして、日本省になるなんて悲しい。日本が第二次世界大戦に負けてGHQが日本を4つに分断して4各国で統治するとかメチャクチャもいいところ。オレゴン州やカリフォルニア州の1つのようにジャパーン州になるなんて嫌だ。
自分の生活しにくくなるだろう。小国日本の危機意識なるものはそれなりに持っている。自国の歴史性を意識するならば、盆に祖先を見送る風習は私にはないが、日本なるものを守ろうとしてきた日本人の精神性をすべて否定するだけの権利が自分にあるとは思わない。そういう危機的観点から言えば十分に愛国者であり保守派だと言えるだろう。
私の血の繋がりがある親族には、日本人以外の人がいない。その点は、生粋の日本人なのかもしれない。
しかし、私は昔から外国人だと思われることがある。まあ色々と言われる理由があるのだが、高校生の時は周囲の人間に中国人か朝鮮人だと思われていた。「チョン北へ帰れ!」と血判状みたいなもの(赤いマッキーで書かれた落書き)をもらったことさえある。自分が朝鮮人のアイデンティティなど持ち合わせていないので、何とも思わないが在日朝鮮人の人がもしこういう仕打ちを受けているとしたら、どういうふうに解釈するのだろうか。日本人はバカだと思うと同時に寂しい気持ちになるだろう。というか、日本人はバカだなあと思ったし、そういうことを吹聴していたので朝鮮人扱いされたのだが^^;
性格が静かなようだが喧しいところもあり。たまにキレるところもあるそうだ。また、お前の言っていることは良くわからない、まるで外国人と話をしているようだ、などと言われることもある。日本人的な共感性やコミュニケーション能力に乏しいという意味もあるのだろう。外国人扱いされるのは日本人にうまく溶け込めていない。
だから、私は日本人にして日本人の仮面を被って生きてきた。
日本というものをまるで他国民が見るように眺めているフシがある。日本がそもそも好きじゃない。日本ではない何かを選べる立場にいないけれど、日本人のダメなところは徹底的に改善したいと強く思っている。それもまた1つの日本人のあり方だとは思うのだが、日本という枠組みのなかで考えたり発言することにあまり意義はない。
そういう意味で私は本来的に日本人じゃない。
人は本来的にアナキスト
日本人じゃないなら外国人になりたいかと言えばそうではない。
日本人になりたくない日本人。
日本人になれない日本人。
この良くわからない私の精神状態を、もっとうまい別のカテゴリに当てはめるのに適した言葉はないのだろうか?
いろいろと考えた結果、ありました。ありましたよ!
それがアナキストです。
人は本来的にアナキストである。
んー。しっくりくる!体に馴染む!
…さて、長くなったのでこのへんで締めますが、このような私の考え方を理解してくれる日本人はわりと多いと思います。しかし、そういう考えを知っているからと言って、自分が「アナキストだ」という自覚を持つに至るまでの人は、あまりいません。
だから、私はそういう人にアナキズムというのは何なのかということに興味を持ってもらう活動をささやかながら自分ができる範囲で継続して行きたいと思っている。アナキズムは少数の外れ者で、強い力を持たないが自由で非常に魅力的な思想である。非中央集権的でインターネット社会における「ゆるい人間関係構築」の理論には、切っても切り離せない思想的ポジションを常に持ち続けるでしょう。インターネットというかコンピュータの使用者にとってそもそも国籍は関係ないでしょう。ハッカーはアナーキストになりがちです。ジュリアン・アサンジやスノーデンを見ればわかるでしょう。
まあ、私はハッカーだ!と言いたいわけじゃないけど、インターネットはインフラっていうよりも、アナーキーな人のたまり場だと思っているフシがあるし実際に、人と人を近づけるという意味では国家は曖昧になるべきだと思う。
そんなわけで、僕はアナーキストだ!、わたしはアナーキストだ!、そんなふうに主張するアナキストが増えればもっと世の中はよくなるだろうと無責任に思っている。もちろん、それだけアナキスト人口が増えると、アナキスト内の問題も出てくるから、私自身がアナキストを捨てる日がくるかもしれないが。それはそれで私の想定内であるし、ある一定の未来予想が成ったということ。
自分と近い考え方を持つ人がもう少し増えてくれてもいいものなのだが。
コメント