日々、考えること。コーポレートコーチングのありかた。

徒然草2.0

コーチングがどういうものか、その枠組みはそれとなく見えてきたのだが、これを組織に当てはめるとどうなるだろうか?

軍隊ならある意味で洗脳して組織のミッションを達成するように軍人に洗脳育成を施せばいいのかもしれないが、、従業員のコーチングとなると…組織の幸せ=個人の幸せという設定をしなければいけない。基本的に組織の幸せを設定させることは従業員の思惑への強制介入になってしまう…それは社畜という奴隷を製造してしまうことになる…それはもはやコーチングではない。奴隷製造プログラムになってしまう。

…だから、コーチングって組織にとって実は危ういのでは?という素朴な疑問が以前からあった。プロのコーチがどうそのへんを咀嚼して経営のキーマンに説くのだろうか?というのは1番気になるところだ。

…というわけで、コーポレート向けのコーチングはそことのことをどのように解決するのだろうか?

…ということで、苫米地英人氏の『コーポレートコーチング』という本を流し読みしてみました。

…やはり私の疑問は普遍的なものなので、冒頭からその説明になっている。いかに個人と組織の目標を整合性をもって合致させるか?これが非常に重要になってくるという。強制させればいいというものではないので、自主的に組織のミッションを自分のミッションと包摂関係性または交叉関係性にあることに気付いてもらわないといけないということになるらしい。

しかし、やる気のない従業員(そもそも、そういう人が社内にいることが問題なのだが…)に真のゴールを設定することが出来るのか?その手法とは如何に?はたいへん気になるものだ。

リーダーをコーチにする

端的に言えばコーポレートコーチングとは、リーダをコーチにして、お互いもしくは部下をコーチしてゴールを目指す。

モチベーションは結果

モチベーションが低いのをどう上げるか?という疑問を抱く人がいるが、下がっているものを上げるのではなく下げている原因に対処しなければならない、ということになる。

理想的なゴールを目指すと細かいことが気にならくなる

エフィカシーを上げると細かい問題は見えなくなる=モチベーションは下がらなくなる。やる気がないという状態にはならない。

個人のゴールと組織のゴールがどこかで交差するところを見つける

…みつからなかったら、なんでその組織の従業員やっているの?ってことになる。

ゴールは複数あっていい

複数あれば、どこかで個人のゴールと組織のゴールは合致する。組織のゴールがどうしても個人のゴールに合わないならば、組織側がそのゴールを設定することを模索すること。

コーポレートトークを設定する

個人の場合はセルフトーク、組織の場合はコーポレートトークを設定する。まあ、一種の企業理念的なもの。クレド、と言ってもいいかも。ただ、コーチングに適用できるものであるようにデザインしないと、コーポレートトークとよべないかと。

ハイパーラポールはIQを下げる

恐怖心や緊張感もラポールを生むが、これはハイパーラポールといい、その対象者のIQを下げてしまい長期的にはマイナスでしかない。例えば「お前が行ける会社はない」という言葉でハイパーラポールを生じさせることができるかもしれないが、望ましくない。

まとめ

コーチングを受けた結果、従業員が会社を辞めたら、それはそれでOK。窓際族のような人がいるなら、そういう人がいられる組織というのは生産性が高い組織だ、というふうにバリバリ働く社員に対して前向きに捉えさせることだってできるという…。

そして、本当にコーチングを必要としているのは「社長」である。

社長が持つイメージ以上の会社はけしてできないという。組織変革ができるのはトップのリーダーである社長だけなのだ…ということでだいたいコーポレートコーチングのコンセプトについて納得した。思ったとおり、整合性の取れた内容だ。

※というわけで、上に書いた情報はだいぶ雑である(もし真面目にコーポ~レート向けのコーチングサービスを提供するなら精読し直す必要がある)が、概ね組織に対してどうコーチングするか、ということやその本質的な意味合いはについては、なんとなくつかめた気がします。

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