投資のすすめ。積み立て投資と考えず積み捨て投資と考えれば継続できる。

徒然草2.0

私の世代に流行った本ではないが、岡本太郎『自分の中に毒を持て』を読んでいる。

いきなり初めにこんなことが書いてある。

自分の大間違い
人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。ぼくは逆に、積みへらすべきだと思う。財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、かえって人間は自在さを失ってしまう。過去の蓄積にこだわると、いつの間にか堆積物に埋もれて身動きができなくなる。

まあ言っていることは分からなくはないが、今は金がないことには他人のために働く時間が増えてしまうことになってしまう。

自在性が減ってしまうので、お金がないということは、これまた現代において怖いことである。

バランスをとるというとおこがましいが、適切に自由に振る舞わないといけないためにも、小金を持つ必要がある。

しかし、それが息苦しい時もある。

積立投資は積み立てている感覚に安心感を憶えてしまうことがある。そもそも減らさないことを目的に且つ増やすことを目的に投資と向き合うと、そのことばかりに気にかけてしまう自分がいる。それがとても楽しくて”人生の目的だ”とでも言えるならそれも構わないだろうけど。例えば、テスタさんなんかの記事を読んでいると…投資で増やすということが自分を発見する取り組みになっているというふうに見て取れる。そう思える人にとっては投資は生きがいなのだし人生の目的みたいなものに現時点ではなっているのだろう。それはそれでいい「フツーの人がなぜ「億り人」になれたのか?40億円稼いだ投資家テスタさんに学ぶシンプルな思考法|@DIME アットダイム」「人気ブロガー・テスタさん 前編:資産20億円!勝つデイトレーダーには理由がある! | トウシル 楽天証券の投資情報メディア」ただ、お金の増えた減ったに気を取られすぎて我を忘れる人がいる。私自身も投資は楽しいが、本当にやりたかったことかと言われると自信がない。そういう意味では、他にやりたいことがある、と思っている。

私自身は前にどこかで書いたが…積立投資をやっていて積み立てているなんて感覚を持たないようにしている。現金を所有していることが「悪」だと思っている。現行の自由主義経済システムで所有権を放棄できず…仮に放棄すると他人の物になるというシステムという枠組みに沿わないといけない。お金を誰かに上げることもまた他人に自分を預けることになり、もしかしたらお金を上げることで他人を奪っている可能性もある。お金はエネルギーであり、現金として止めておくことも理に敵わないのである。

現金は流動性が高い資産だ…違います。現金は他人と物々交換するための形態です。

…よって、現金を別の形態に変更してあげる必要がある。特に知識がない人は株に分散投資て「捨ててしまうこと」が無難である。綺麗さっぱり使ってしまってもいいが、それが自分に対しての投資となる場合においてはそれが肯定されるだろう。株捨てるという無難な道を選ぶのは、何も自分を失するためじゃない。何か他に使いたいことがあれば使えばいいが、自分の行動の妨げになるくらいなら誰かに使うか投資に捨てるしかないわけだ…というわけで自分にとって投資は「捨てる」行為でもある。いつか使えるモノではあるから捨てるという感覚はおかしいが、捨てたものだと思えば投資をして価格が上げ下げしても「惜しい」気持ちにはならない。

低コストのインデックスファンドは長期的に見ればプラスになるといわれている。それが20年後もそうなっているのか確かではないものの…まあ「捨てた」ものだと思って現在を生きることに集中する。oxfordクラブの書いていることには嘘が多いので好かないのだが、「いくらまで積み立てるか決めるな」というのは納得が行く。将来どれだけ積み立てられるか?というのは投資成績次第なので、そんなの分かるわけがないからだ。長期投資は期間が長いほど利益が出るが、どれくらい利益が出て積み立てられるか?は実は期間が長いほど不確定性(という用語でいいのか謎だが)が高くなる。積み立てた利益が福利として作用するわけだが、その金額が積み増し続けるので利益が読めなくなる。利益は安定するはずなのに利益の額は分からなくなる…なんだか言葉で書くと一見矛盾しているように見えるがグラフで見れば一目瞭然…資産は増えている。

というわけで、投資脳を脳死状態でインデックスファンドへ積み立てることは今集中したいことの集中脳を手に入れるためなのかもしれない、なんてことを思ったりする。

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