戯言。仁藤冬美はキャミィ。社会運動家が左翼に戦闘員にされる仕組み

徒然草2.0

リベラルというかサヨクというか自由人にあこがれています…誰しもそういう願望を持っていると思っているのだが、Twitterとかを騒がしているサヨクな人たちとは一線をかくしているわけです。

それって何でだろう?何で右とか左とかくっきりと分かれなくちゃいけないのだろうか。人の政治スタンスというものは、もう少しとても曖昧なもののはずなのに…などとずっと思っていた。極端な人にちょっと「憧れちゃう」というか、もっとはっきりしないといけないんじゃないか?とか思っちゃうわけど、別に曖昧(ふぁじー)でいいんですよ。

…で、今後もずっと騒がれるであろうColabo不正会計問題っていうのは一体なんだろうか?自分でもよくわかっていなかったが、これを読んでスーッと自分の理解が進んだ↓

公開されている会計情報は確かに危険な臭さを感じますが、仁藤夢乃さんって一体何者なのでしょうか?
Nakata Shunsukeさんの回答: これ話がどんどん大きくなっちゃって若干陰謀論的な様相を呈してきましたが、話題自体の構造としては「昨今の嫌われ系の若いフェミニストが隙を見せてしまい、ごめんなさいできない性格のせいでひたすら事態が悪化した」ってだけの話でしかないと思っています。 まあどのレベルまでが”単なる隙...

ようは…社会運動家 → サヨクに祭り上げられる → 好戦的な戦闘員キャミーとして、サヨク的な政治運動が手段から、その人のパーソナリティというか生き方そのものになってしまうということを言いたいらしい。9割ぐらいは同意。

※大石晃子は自分の意思で政治家になっていると思うのでちょっと違うが、ゆたぼんのパパはどうなんだろう?望月衣塑子記者とかもいい大人で自分の信念でやっているんじゃないのか。石川優美という人は知らなかった。後で調べてみよう(フェミニストの人か…道理で私が興味がないわけだ(苦笑))

この人の考えをそのまま受け入れることが正しいかと言われれば違うような気がするが、仮にそう考えてみると一番ここで哀れだと思うのは、小学生の革命家ゆたぽんではないだろうか。

彼はもう運動家としてのキャリア?を子どもの時から歩んでおり(と私は以前からとらえていたが)、もはや普通の子ども普通の大人としては生きられなくなっているのではないか。舞台裏でゆたぼんパパに激しく叱られているということが書かれたTwitterでの書き込みがあったが、それがすべて真実だと言う気はないんだけど、観察者である私達を含む壮大な(彼の人生をかけた)実験に見えてしまう。。ゆたぽんが自分が好きでやっているなら自己責任である部分もあるが、幼いときからそういう環境にいるのは”幸せ”(という価値基準で測るのが適切なのか自信がないが)なのだろうか。

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