【戯言】勉強は必要ですか、それとも勉強は不要ですか

徒然草2.0

勉強して社会に役立つ人になるという言葉は、おおむね本当なのだろう。

多くの大人がそう言っている。

だから、多数決定的というか統計的な優位性が認められる。

いや、数の多さの問題でも確率の問題でもないでしょう…と大人に言われそう(汗)

…そう言っておくほうが、無難で良識ある大人の振る舞いだと思います。

私も無条件に、そう思うところがあります。ただ、無条件ということは、たぶん考えなしで「勉強は大切」「勉強は必要」と口から出てくるってことなので。”考えなし”なのはよくないな…。

ただ、なんだかある一定の嘘がそこにはあるな…というふうにも思うところがあります。

その嘘に、多くの子どもは気づいていて、少なくとも自分は子どもの時に気づいていた(と思っている)。

自分が何者であるか分からない不安や恐怖をかかえて今を生きているのに、それを払拭する教えを教科書に並んだ文字列や退屈な授業や講義の中から取り出せるわけがなかった。大人が言う「勉強は必要」という言葉が都合がいいように「勉強は不要」という言葉が子どもにとって単に都合がいいわけじゃない。ひたすらつまらなくなっている勉強を将来のための忍耐だと言って言い聞かせられた人だけが恩恵を受けるようになっている。あとは勉強せねばらないと思い込まされる仕組みが悪い。勉強が憎けりゃ袈裟まで憎い…じゃないけれど、無難で良識のある大人なんかになるもんか!大人が嫌いだ!大勢の作った大人の作ったレール(勉強しなければ豊かに幸せになれないというシステム)が大嫌いだ!分かった風なことを言う大人なんかになるものか!なんてことを思っていた気がする。じゃあ一体なんになればいいのだろう。果ては、すねかじりのニートか、孤立無援のホームレスか。あえて言えばそんな感じだっただろうか。どっちかというと後者を望みます。現代の若者はYoutuberかプロゲーマーという希望があるだけいいかも(悪い冗談です)。プロゲーマーがコスプレーヤーのだれそれさんと婚約したとか、キメラゴンとかいう月収1000万円を売り上げる中学生とか、すごい時代になったものだ…。「「人生はぬるゲー」「月収50万円」「尊敬する人は西野亮廣」SNSで話題の“高校生クリエイター”のホンネ《イジメや不登校も経験》 | 文春オンライン」わざと大人を煽って炎上するところまでは計算づくなんでしょうね。ま、将来あまりうまくいかなかったら、最悪「生意気を言ってごめんなさい」って言っておけば無難で良識ある大人たちですから許してくれるよ。そうやって平均値に漸近していくということが好きなんです(そこまで、計算していたら天才だけど、そこまで計算できるくらいなら、ずっと突出して生きていけると思う)

で、話を戻すと…自分は一体何者なのか。勉強そっちのけでそんなことを考えているつもりでしたが、結局は死ぬまで見つからないみたいなので、少なくとも無難で良識ある大人になったつもりの私から言えることは…「勉強と人生の豊かさと幸せとかいうものは切り離して考えられたほうがいい」ということと「切り離した状態で学んでいける環境を作っていくこと」をしないといけない(目標)。

プレッシャーやストレスから開放された状態で、何が学びたいのかな?はじめはなんとなく周りが勧めるからぐらいでいいので、初めて見て好きなことが見えてくる。そういう環境を作っていくことが大事だと思う。それが勝手に自分の道になる。

※結論を言えば、学ぶことが続かないのは、おおよそ本人の問題ではない。と思う。

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