【戯言】ルートを外れる楽しさっていつから覚えたんだろう

徒然草2.0

ひろゆきが「年収600万円以下の人」に伝えたい、ある事実 | 1%の努力 | ダイヤモンド・オンライン」これはどうなんでしょう。600万円を稼げるかどうかは、其の人が選んだポジションだと思う反面、たまたま運が良かったから600万円を稼げているという面も否定できないからです。ましてや40代50代で、リカバリが効かないとしたら一体どうすればいいのでしょうか。それゆえにセーフティーネットに対して所得が多い人は税金を支払うわけであり一概に個人の所得で自分の立ち位置を判断する材料にしなくてもいいのではないかなと思います。まあ、とかく起業家というものは、そこらへんのサラリーマンよりは金を回して気が大きくなるものですが(苦笑)

氷河期世代は自分の頭で考えて居心地のいい場所を見つける能力に長けているそうです。そうなんですか。氷河期世代ではないので気づかなんだ。

そういえば話は変わるんですが、こどもとアスレチック的な少し入り組んだ遊具のある公園で遊んでいて、なんとなくそれによじ登ってみると…この手すりを飛び越えて、あの遠くの鉄棒まで手を伸ばして降りることができるかな?などと思ったりします。子どもがそれをやるには危ないので引き止めるわけですが、あえて人が通らない危険なルートを通ることを意識せずに考えてしまい、またそれを楽しんでいる自分がいるなと思う瞬間が多々あります。あえて自分でハードルを挙げて無意味なルートを通ってみようとする。俺の道と言えばカッコいいけど、その道を行かねばならない気がしてくる。発達障害でしょうか。遺伝でしょうか。それとも後天的だ誰かの影響でしょうか。知らんですが…これが良い面もあれば悪い面もあるわけですが、世の中が決まりきったフレームワーク的なつくりになってくると、ルールからそれる行動っていうのは常に慎まれるべきものであり、とかく生きづらさを感じるような…みたいなことを公園の遊具に登りながら考えた。

ルートから逸れる楽しみがありそれがいい意味で誰もが認める方向で作用するのならば是非それを見つけてみたい。

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