「サルでもわかる」という言葉は嘘だ!表現として嫌い!

私は「サルでも分かる○○」というタイトルの書籍やサイトが好きではない。

サルでも分かるはずなのに、よく分からないのが癪(しゃく)に障る!からである。

「俺が猿に負けるわけがないだろう!」 と思うのだ。

だが、よくよく考えてみると、これは無駄なプライドなのかもしれない。

その昔、ある人に「猿でも分かる」というのは「猿には分からない」と言われてしまって、妙に納得したことがあった。考えて見れば当たり前だ。猿に文字は読めない。その人は、そういう言い方は嫌いだと言っていた。だからだろうか。私も「猿でも分かる」という言葉が嫌いになった。どんな人にでもわかりやすく書かれているという意味の比喩表現に過ぎないが、その内容すら分からない自分は一体なんなんだろうと思いたくものだ。

しかし、我々は本当に猿より賢いのだろうか?

そう言えば小・中学性の頃に「10歳から分かる超電導」というブルーバックスの本を図書館で見つけて読んだことがある。でも超電導についてあまりよく分からなかった。10歳未満だった私はその本を読んだ時に「10歳未満だから分からない」のかもしれないと思ったのだが「12歳になって読んでも」「14歳になって読んでも」よく分からなかった。ちなみに今読んでも分かる自信がない。でも、よく考えてみよう。。。

我々大人達は、本当に猿や10歳より賢いと言えるのだろうか?

猿や10歳に勝る論理的な思考力はあるかもしれない。だがそれ以外の俊敏性だとか記憶力だとか発想力と言った総合力で敵わないかもしれない。であれば猿や10歳より賢くない可能性もありそうだ。そもそも賢さの定義は定まっていないのではないか。サルでも分かるという謳(うた)い文句のある入門本は、大抵の場合は猿でも分からないレベルのものが多い気がしている。また、猿が分かる系の入門書より、そういうことが書かれていない入門書の方が分かりやすい場合が多い気がする(これは実に主観的な見解ではあるけど)。

私は色々なジャンルの入門書を読むのが好きだが「猿でも分かる」と書いてあって気に入った本があまりない。あまりないということは気に入った本も中にはあったということだが、それがなんの本だったか忘れてしまった。忘れてしまったということは、中身も大したことがなかったのだという事にしておこう。

…そんなこんなで、また1つ、いろんな意味で私は自分が猿より賢くないことに気がついた。

まあでも「猿でもわかる」という表現は、人間は一応は霊長類っていうことで、猿の中でも一番偉いという自負心がある。

だから「猿でもわかる」は嫌いだから使わないほうが望ましい

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