映画。羊たちの沈黙を見た…個人的には微妙。レクターのするどい洞察力を身につけたい。

徒然草2.0

ネタバレあり。

「羊たちの沈黙」シリーズの第一話ということで、有名な映画なので見てみた次第である。アカデミー賞の主要5部門で受賞。1991年公開だそうだ。公開2001年のハンニバルが流行っていたのはなんとなく覚えているが…アンビリバボーとかの猟奇殺人鬼特集は嫌いじゃないけど、ハンニバルって元ネタはあるにせよフィクションでしょ?とあまり当時から興味がなかった。

…その当時に興味がなかったから、今見ても面白く感じないのだろうなと思ったら、案の定あまり面白くなかった。期待を裏切ってくれなくて残念だ。フィクションを楽しめない体質なのかな。たぶん映画が悪いのではなくて、自分の感性が感応しないだけなんだろう。

IQが高い殺人鬼というよくある設定のさきがけ的な映画で、、映画評論とかをする人にとって無視できない作品なのだろうが、それ以上でもそれ以下でもなかった気がする。

…じわりと記憶に残りそうな作品ではあるけど「ピンとこない」のが正直なところ。

犯罪者映画を、ただ変態連続殺人鬼が暴れた→捕まったというレベルから数段上げる効果があの映画にあった」基本的にこの質問者さんと同じ意見になってしまった(汗)

囚獄されている食人の殺人鬼であるハンニバル・レクターと交渉して、FBI研修生のクラリス(ジョディ・フォスター)が世間を騒がしている「バッファロー・ビル」を捕まえる話。

基本的にレクター博士が言うことは真と捉えるようにすべての登場人物が動いているのがすごい。クラリスの上司であるクロフォードは、きっとレクターが言うようなスケベ野郎に違いない。そんな様を見せてくれなくてもそう思えてしまう。ジョディ・フォスターって綺麗だなと思って見ている、視聴者自身のスケベ心もすべて見透されているに違いない(冷汗)FBIという男性社会から向けられるいやらしい男たちの視線とそれを気丈にされど少しピリつきながら跳ね返す演技は見返すとさらに素晴らしいと思えるのだろう。

…でも、いろんな疑問が残る。レクター脱走の際に警官2人が立ち会うのはいいとして、そのやり取りを監視する役がいなかったのはなぜ?レクターの危険性を誰よりも熟知していたチルトン院長はなぜボールペンをレクターの部屋へ置き忘れたの?(アホなの?)バッファロー・ビルの家へクラリスを向かわせるの危険過ぎでは?などなど…それ以外の微妙な描写は確かに色々と考察したくなる細かやかさ。Webで色んな人の考察を読むと「ああ、そういうことだったか」と関心するところも多い。なんとなく感じていた色々な人物同士のやり取りや描写に意味があることが分かると自分でも考察を深めたくなってくる。そういう意味ではなかなかマニアックな映画だ。結果的にクラリスはバッファロー・ビルに勝利して彼女の心のトラウマを消すことができた。レクターは名医であり完璧主義者だが、でもこれでクラリスが下手してポシャってたらストーリーにならなかったよな。暗視ゴーグルをつけたバッファロー・ビルに勝てたのはただの奇蹟だし。精神科医レクターの荒療治はたまたま成功した。違和感が残る。

そういえば、水死体の検死の時に鼻にクリームつっこんでいるがメンソール入りのクリームだとか…いくらなんでも気休めにしかならないような。なんとなく自分も真似てみたくなった。

というわけで、機会があれば他の作品も見てみたい。

徒然草2.0
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