映画。「300(スリーハンドレッド)」を途中まで見た感想。

徒然草2.0

ネタバレあり。

結論から言えば個人的な評価は★が2つ。めずらしく、つまらなかった。

最後まで見ていないのだが、スパルタ族のレオニダス王が300人で数十万のペルシア軍と勇敢に戦う話だそうだ。この手の映画は見てこなかったのと、少数が多数勢力と戦うという構図自体にはワクテカするので「まあ評判通りに面白いのだろう」と思って見てみたのだ…思った通り悪くはないのだが、別に思った以上によくもないというのが、正直な感想。

実は最後まで見ていないので中間まで見た感想になる。最後まで見れば感動になるかもしれないが、以下の感想は変わらないと思う。

映像は全体的にCG臭く最初の回想に出てきた黒豹みたいな猛獣との戦いのCG感たるや「安っぽい」という感じしかしなかった。もうちょっとどうにかならなかったの?ただ見ていると慣れてくるのでそこまでCG臭さがだめというわけでもない。これはこれでいいのでは。

…なんだかレオニダスはじめ人々の思想が現代的な気がする。そこが一番気になっているポイント。歴史の空白は勝手に埋めるしかないが、それにしたってなんだか現代風で入り込めない。安っぽい。

例えば、ユフォロイから授かった信託では「滅びる」と出たが、そんなこと気にせず「スパルタ族の誇り・伝統のために戦った」…でよかったのに、そこに王は「自己意識」で「選択した」みたいなロジックにしちゃったのは何で?最初の「戦場で死ぬことこそが最高の美徳」みたいな価値観とこの思考の働きは矛盾する気がします。見ている人がレオニダス王の決断を納得するためには必要な描き方かもしれないけど、そこは伝統で乗り切れるところでは。自分の意志とかいう部分を強調しなくてよかったのではないか。そういう部分を映像というか空気で見せてこそ映画なのでは?と思うのだが、そのあたりの工夫というか仕掛けみたなところにあまり芸が感じられなかった。戦闘シーンがメインだから「そんなこまけーところはどーでもいいんだよ」という意見もあるだろうけど気になった。「アテナイのやつらは哲学と男色に耽っている」とかわざわざほかを低めて自分をアゲるのもどうなの?ギリシャ哲学好きとしてはあんまりだ(苦笑)

エフォロイをゲス野郎として描くのも映画を作っている側の勝手解釈でいらない。無宗教が多い先進国の現代人が宗教儀式を理解するためにはこのように描くのが現代流になったの?わけわからん。クセルクセス王は強者として描いており、ラスボス感があってよかったです。とりあえず続きを見るか。


最後まで見たけど…ただ泥仕合いをしていただけでいいところなし。アテナイのソクラテスのように精霊の声にしたがってスパルタ族の行動が正当化されるという終わり方でよかったのにな。見ているのが苦痛になってしまった。登場人物も多くなく(キャラとして確立している人が少ない)だからか、内容は分かりやすかったのはよかった。

レオニダス王たちは自由意志で戦った。後世の人への遺言は「俺達を思い出してほしい」だそうだ。自由意志の存在なんて私は信じていないので共感できない。それとも私が大きいものに流されているだけなのだろうか。知らず知らずのうちにペルシャのクセルクセス王に膝混付(ひざまづ)いているとでもいうのだろうか。

徒然草2.0
スポンサーリンク
シェアする
gomiryoをフォローする
ごみぶろぐ

コメント

タイトルとURLをコピーしました