PSで天誅忍び凱旋というゲームがあった。
たしか忍び凱旋という海外版を日本で販売したものと、それ以前に日本で販売されたものは少しストーリー展開が違うのだが、私が所有していたのは忍び凱旋だった。
越後屋に賄賂を貰い悪巧みをしている片岡という奉行を成敗しに行くのだが⋯主人公の力丸を選ぶと殿の意向を組んで自害(介錯)してしまう。武士に情けということで、介錯人として認められた力丸って身分が高いのか?それはそれで少しおかしい気もするのだが、殿が放った忍び=殿の代理人という意味では筋が通るが、、ステージのボスと思っていたキャラが戦闘なしに自ら命を果てるって前代未聞の出来事だったので、はじめて見た時は介錯の意味がわからずに驚いた。
ちなみに女性キャラの彩女で奉行片岡のところへ行くと、片岡が返り討ちにしてこようとして男女差が明確に出る。女子供の身分は低いという解釈になるのだろうか。(参考)
片岡の辞世の句「太刀を主に矢を朱に染めし武士の吾雪盲に唯足るを知る」
主と朱という同じ音シュにしていてユーモアはあるが、主(あるじ)に楯突いたが人生満足しています的な?で死んで責任をとればそれで満足という言葉が適切かわからないが、それで「ただ足るを知る」っていうのがすごい。
ゲームのボスはいきり立って負け戦さしかけてくるものなのに、人生に「足るを知る」って武士の凄みを見せられた気分で、ああ自分もこのように生きなければいけないなというのは大げさかもしれないけど、どこかで「足るを知らねば」ならないのではと、ふと思うことがある。
ちなみに「足るを知る」の由来は老子(道教)だそうで、思想としては外来のものだそうだ。武士がそれを嗜みにしていたかは不明。
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