※創作です。
出会い系アプリで知り合った女性から、またLINEが届いていた。
「もう一度、会えませんか?」
特に予定もなかった私は、深く考えずに「いいですよ」と返信した。初対面の彼女は物静かで、悪く言えば閉鎖的、よく言えば自分の世界観を大切にしている人だった。この人の人生に、私が入り込む隙間はないなと思って、それっきり連絡はしなかったのだが、彼女の方からの再度の誘い。これは脈あり、なのか? 正直、そういう空気は感じなかったけれど。
土曜の午後、待ち合わせたカフェに入る。挨拶を交わし、他愛もない会話をしていると、ふと彼女が言った。
「これから先生のところに行くんですけど、○○さんも来ませんか?」
先生? 誰のことだっけ? 手芸か占いか、なんらかの資格を持ってるって以前言っていたような…? 彼女の話を真面目に聞いていなかった私は、記憶を辿るも曖昧なまま。
「その先生って…?」と聞くと、彼女はこくりと頷いた。
なぜ私がその先生と会わなければならないのか。疑問だったが、これまで共感ベースで彼女に合わせてきた手前、今さら深入りして問い詰めるのも野暮だったし、特に予定もなかった私は流れに身を任せることにした。
…まあ、後から思えば、私はただのターゲットに過ぎなかったわけだけれど、そのことに特別な驚きも悲しみもなかった。
会場に着くと、壇上では40代後半くらいの女性が何かを発表していた。
「私はこれまで、自分が楽しいと思うことだけをして生きてきました。でも、自分の世界観をもっと多くの人に伝えたいと思って絵本作家になったんです。長い間まったく売れず、落ち込む日々が続きました。他人に理解されないと、自分で自分の心に壁を作ってしまう。でも先生に出会って、それが変わったんです。『あなたが望んで、そうしていたのよ』と言われて気付いたんです」
その後も、30代から60代くらいの男女が代わる代わる登壇しては、「先生のおかげで新しい自分に出会えた」と語り続けた。
「挑戦する毎日」「魂の設計図」「自分らしく生きる」「インスピレーション」「運命」「創造」——そんな前向きな言葉が連なり、時折「闇」や「罪の意識」といったスパイスが混ざる。その言葉のシャワーに、会場全体が不思議な高揚感に包まれていく。
隣を見ると、彼女は喫茶店では見せなかった満面の笑みで私を見ていた。
「いかがでしたか? みなさん、ここで素晴らしいものを手に入れているんですよ」
「ああ、そうですか。それは……」と曖昧に返すと、パリッとしたスーツ姿の女性たちが近寄ってきて感想を求めてきた。
「前向きな言葉がたくさん聞けてよかったです」と言うと、彼女たちは頷いた。
「そうでしょう? 前向きな言葉は気持ちを明るくしますよね。私たちの先生のお話を聞けば、あなたも一緒にまじわって“創造”できますよ」
“一緒にまじわって”と聞いて一瞬だけスケベな想像をしてしまったけれどすぐに心の中で打ち消した。彼女たちの言う“創造”はきっと“想像”ではなく“創る”方だろう。
壇上の誰かも「一緒に創造していきましょう」と言っていたから、ここではお決まりの言葉なのだろう。
すべての言葉を肯定的に受け止められたわけではなかったが、あの場の空気、高揚感はたしかに気持ちよかった。そして私は、その雰囲気を受け入れている自分に気付いていた。
やがて会場が暗くなり、スポットライトの下、ひときわ大きな拍手の中で登壇してきたのは、白いスーツに赤いブローチを身につけた厚化粧の“おば様”。年齢は50代…いや60代? さすがに70代ではないと思いたいが、正直よく分からなかった。この人が30代の時に出会いたかった。
「あなたもデウスに祈れば、本当の自分に近づけます」
「人間に生まれた理由が分かるときが来ます」
「自分のなりたいものになれるのです」
そんな話をしていたが、集中力の乏しい私はもう限界だった。トイレに行くふりをして、そのまま会場を後にした。
逃げ出したわけではなくただトイレが私を呼んでいて、用を済ませたら会場に戻る必要性を感じなかっただけだ。魂の設計図の通りに人生が進むって、トイレの行くとかも計画されているのかな。
そうだ、せっかく新宿に来たんだ、美味しいものでも食べて帰ろう——とはいえ、結局はいつものように日高屋の餃子定食か、松屋の牛めし大盛りが関の山なのだけれど。
自分の「なりたいもの」ってなんだろう。もしあの会場で本当になれるのなら、私はデウスになりたい…かもしれない。そんな皮肉まじりの妄想をしながら、もしあの“先生”にそう伝えたらどんな顔をするだろう、と想像してみた。
たぶん先生は、曇りのない笑顔で言うんだろうな。
「デウスのようになりたいと思うのは、デウスが自分に似せてあなたを創造したからなのですよ」
そしてトーンを落とした穏やかな微笑みに変わって、こう続けるのだ。
「私たちは一緒に“クリエイション”する集まりですが、あなたはそこにはいないみたいですね」
……私はそれを聞いて、なぜかとても納得してしまった。
デウスの仲間になったみなさんへ。
デウスにもデウスの仲間にもなれない人がこの世にいることを忘れないでください。
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