ネタバレあり。
結論から言えば、途中すこしだれたが、なかなか面白かった。
最後がよければすべてよし…なのかもしれない。
…が、阿久津真矢が自分の担任になって欲しいとはまったく思わなかった(苦笑)。
生徒の情報収集をして徹底的に監視を行うことで、生徒の安全を確保する。保護者としては結構だが、当事者の生徒としては、身の毛がよだつ。
真矢の発言は正論で言い返せない。いくら優れた教師とわかっても、真矢が極めて不気味な教師であるということには変わらない。
だいたい生徒の精神が無意識レベルまでダメな方へ落ちてしまった…ねじくれた根性はなかなか治らない…と言ってしまったら、教育による奇跡を信じていないということになるが。
荒療治で治れば苦労しないよ。真矢が鬼教師になってしまった話のラストはちょっと無理があると思ってしまった。
そこまで教師に求めていないし…いや、保護者視点かそれ。これって誰が視聴者の対象なんだろう?大人が見てもおもしろいがやはり子どもになるのだろうか。小学生にしてはちょっと明らかに刺激が強すぎるので中学生とか高校生ぐらいが適切な年齢なんだろうけど。。
教師たるもの…教育者たるもの生徒の奇跡を信じて「いい加減に目覚めなさい?」という期待を持って生徒に接するべきだと思うけどさ。
やはり、根掘り葉掘りリサーチされて、徹底的に現代を生きる厳しさを味わせるところは、どこか実験的だし危うい。事故リスクが高い。
そこに愛があると言っても、人間成長の成果が出るとして、大人がやさしくなってしまった現代こそ必要な教育だとしても、御免被りたい。
現実問題として、社会の厳しさを子どものうちに学んでおく意義はあるし、それを疑似体験できることは結構だけど、別に真矢という一人の教師によってもたらされなくてもいいでしょう。
結局のところ教育される側が本当に本人が望んでいるか否か問われているわけで、そこがすっぽかされると問題になっただけで終わってしまうし、自分の頭脳で考えて正しい道を進んだということが肯定されるとも限らない。
「自分が正しいと思った道を行けば、あの時ああすれば良かったなどと後悔はしません。いずれ回りの人もわかってくれます。いえ、わかってくれなくてもいいという覚悟が出来ます。そうやって人間は強くなるんです。そういう第三の道を探すために、人間の頭脳はあるんです。」
という言葉も真矢が成果を残せてこそ言える言葉であり、当たり前だがすべてこの人のやり方ではうまくいくはずもない。
一歩間違えば本当にただの鬼教師でしかなくなってしまう。そんなわけでドラマだね。
というわけで私も曲りなりに教師になりたいと思ったことがあるわけで、曲がりなりにも教育業に携わっている。
何かの参考になることがあったか?と問われるとまったくなかったが…とりあえず今から教育免許をとって、学校の教師になるのもありかもしれない。
それから再教育センターに言って戻ってくる。以上。
そういえば…脚本家が同じだからだろうが、家政婦のミタに非常に似ている。
教師のミタだ。ただ逆の設定になっているところがある。
ミタは自分の自由意志を完全に封じることで家政婦としては完璧な人間だったが、
真矢は逆に自分のやり方を絶対に曲げないことで完璧な人間。
それ以外にも似たところがたくさん。…池で人を殺すのが好きだな。とかとか。
どうでもいっけど。シナリオをトレースすればもうすこし共通点がでてくることかも。
そんなことをしても意味ないけど。
コメント