日本人として日本の古典とかを少しずつ学んでいこうと思っています。そのうち積み上げていれば何かに役立つかも知れませんし、何にも役立たないかもしれません。
とりあえずこのブログのどうでもいい記事を「徒然草2.0」とかいカテゴリ1つにまとめているので、徒然草ってなんだろう?ってことについて1000記事以上書いてから調べてはじめたところなのですが…、そういえば同じ年代に鴨長明という人が書いた「方丈記」があるそうです。方丈記は、無常観について書かれた本らしいです。「無常観」は嫌いじゃないのですが、毒を消す効果はあっても薬に成らないところがあると思っています。仏教好きという点からもわりと無常観を身に着けている日本人は多いのではないかと思います。無常観について書かれたものと言えば「平家物語」が思い浮かびますが、これも嫌いではないのですが、古典好きと言っても最近はあまりそのへんに興味がない感じです。無常観については分かったので…まあそれは今度でいいや。でも、少し気になって『方丈記』について調べています。これは良い文だなと思いました↓
およそ物の心を知れりしよりこのかた、四十あまりの春秋をおくれる間に、世のふしぎを見ることやゝたびたびになりぬ。(中略)人の行いはみな愚かだが、これほど危うい京中に家をつくろうとして、財産を費やし、神経を使うのは、あまりにも無益なことである。
方丈記(引用元):https://www.aozora.gr.jp/cards/000196/files/975_15935.html
40ぐらい生きていますと不思議なことがあるものです(安元の大火と言って都で大火事が起こったら家も人も消失してしまうのに)財産を費やして神経を使うのは無益です。
…とまあ言っているわけですが、同じ心境です。(物理的な)家を維持するために一所懸命に生きているって、一体何なんでしょうか?という気持ちがあります。
家というものが好きではない…これがどこからくるものなのかわかりませんが、自宅をどこか儚いものだと思っている節が私にはあります。
で、知らなかった(というか昔たぶん読んだ気がする)のですが、方丈記の「方丈」というのは…一丈(3m)の平方体を意味しているらしい。
そういった方丈サイズ(3m✕3m)つまり四畳半の庵を作って、あちこちを移り住んでもいいかな(結局、そこの庵に晩年暮らしたみたいですが)という話だったので、ひどく鴨長明に共感するところがあって「方丈記」は面白ーいとなったのでした。
まあ、たしかに男の死ぬまでの一人暮らし四畳半でいいですね。
死に間際に色々な執着もっているな俺みたいな話でした。
たぶん、自分も還暦過ぎまでわりと元気で生きていたら過去を振り返りながら、そんなことをブログに書いている気がします。
…というわけで、また、どこかで「方丈記」を読んだ感想をもう少し細かく書いてみようと思う。
以上。
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