【戯言】憲法は間接的に国民を縛る働きもあるのでは?

徒然草2.0

憲法は国家権力を縛る働きがあるそうだ。つまり、国家がしてはならないことが書いてある。

これを立憲主義というのだそうだが…いろいろな私の無知はさておき(きっと◯カだと思われるからだと思うがwあえて言ってみると)…しかし、国民主権の民主主義国家において、国家権力を行使するものは結果として国民である。憲法3条や97条に基本的人権が定められているということの論調はさておき、国民国家がダメになる理由は様々だが端的に言えば「政治の腐敗」だろう。そして、さらに着眼すべきは「政治が腐敗」していることに対して個人レベルでは何も出来ないかもしれないが、国民に関して言えば、政治に対する興味関心がないのだろうが…つまりは間接的に「政治の腐敗」は「国民の腐敗」でもある。

腐敗した国民が選んだ(というか投票に行かずに選ばなかった)政治家の暴走を制限して、私権を妨げないようにできていることは、間接的に国民の代理である政治家に対して制限をかけていることの論理を広げられるなら国民に制限をかけている…ということにもならないだろうか?(一般的には、そこのところは憲法を語るにあたってはクローズアップされず、君主制の君主への制限や政府の制限がことさらクローズアップされる)だから、憲法は結果的に国民を縛る働きもある…と、ふと、自由な発想で色々と考えていると、そんなことに気付いた。

国民の側からいろいろなことをやろうとすると、まず政治家に動いてもらうわけだけど政治家に動いて貰うためにはまず憲法改正を経ないことには違憲になるので憲法が邪魔だ。だから憲法って国民の自由発想にブレーキかけてくれる存在なんだな…などと感じた。まあ、まったくおかしな発想だと鼻つまみ者というかめんどくさいバ◯あつかいされるだろうから面と向かって誰かに言えたもんでもないが(苦笑)

徒然草2.0
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