[雑記]誰にも似てないというのは、顔に特徴がないということ。

週末。遊園地へ行き、お子ちゃまと自撮りしていて気づいたのですが…髪の毛が伸びてくると、自分の母親に顔が似てて気持ちが○いなあと思いました。

別に顔そのもののつくりに問題があるとか、生理的に受け付けない顔だとか言いたいわけではなくて、ドッペルゲンガー的な奇妙さがあるというニュアンスです。「だれだろうこいつ」的な違和感がある。口を大きく開けて変な顔をすることで、自分であることをチェックしています。ショーウィンドウに映った自分を見るたびに、誰だろこれ…とか思っているの疲れます。自分の姿を見て自己を自認することに違和感を覚えるっていうのは、髪の毛が短い時もそういう感覚が無いわけではないのですが、よくよく考えてみるとヤバいのかもしれません。自分が自分じゃないなにかに変化して行っているということです。もう自分じゃないのかもしれません。

鏡で自分を見て誰これ?っていう感覚って、他の人にはないんですかねえ。

その鏡の中にいる人って本当に自分なんですかね。

ちょっと自分の話ばかりしていますので他人の顔の話に逸れますが…つい、電車の中で親子などを見かけると、顔の共通点を探し出してしまいます。30代の親と年端も行かない子だとあまりおもしろくないんですが、60の親と30の子とか、70の親と40の子とか、そういう組み合わせも面白い。人間ドラマというか生き方が顔や雰囲気に現れますので。

で、私の場合は、髪の毛が伸びることで気づきを得ました。誰だこれ?感が半端ない。ソフィーの世界でソフィーが鏡に映った自分に「あなたは誰?」って言っているのは、哲学的な思索をするのは嫌いじゃあないですけどそれとは何か違う気がする。

わりとマジで「だれこいつ?」と思いはじめてきている。

もっとイエス・キリストくらいの長さになったら何か得られるのかもしれないと勝手に面白がっています。髪を伸ばすモチベーションみたいなのが必要なので、そういう思いを捏造しています。

今まで見たことがない気持ち悪さを感じるはずです。色んな意味で気持ちが悪い。そういえば、私は自分の顔を貶されることに、あまり怒りを覚えません。それよりか、自分の行いとか考え方とか生き方とかを否定される方が、プライドが傷つきますねえ。

で、自分のプライドが傷つくのは別に今回はいいとして、自分の容姿とかにいちゃもんつけられることに、イライラしないというのは、これはイライラしちゃう人にとっては不思議なのかもしれません。

これの理由は簡単で、見た目は自分のモノじゃないからかと思います。だから、もともと、あんまり見た目を気にしません。いや気にしないわけではないけど、周囲にはそう思われているふしがあるかも。ただし、見た目から変な印象を与えるのは不本意ではないので、あまり通常?から、かけ離れた見た目になるのは何かと説明するのが面倒なので、ふつーではありたいとは思います。

できればカッコ悪いよりカッコ良いにきまっています。でも、表面的なものは自分のものじゃないしな。親に似ているから親のものというのも違います。その親とか、その親の親とか、顔っていうのはずーっと昔から受け継がれてきた何かのはずです。

そう考えると、顔だけで言っても昔の誰かの継承資産なんですね。

だから、それをグダグダと本人が言う資格はないのです。

見た目が悪くて人生が決まるならば、それは継承資産における結果論ですから、個人ではどうしょうもありません。顔にメスを入れて美容整形の結果によりよい人生を歩むっていう選択もあるのかもしれませんが、逆にそういう行為はみっともないと思うのであまり好きではない。

(ただ、本人や周りがいいなら、そうすればよいとは思いますが)

で、最後に上の流れからして、あまり全然関係ない話として。自分の顔は客観的に何なのだろうか?他人に指摘された例で言うと、ウォーズマンとか大木凡人とか…これってただの髪型の話ですね。もっさりした髪型だから言われているだけの話。あとは、えなりかずきとかマルコメみそとか…これも坊主頭の時に言われているだけで顔関係ないですね。のび太…これはメガネかけていて鈍臭いからでしょうか。眉が垂れているからか、ミスタースマイリー。醤油顔。真っ平ら、フラット。

そうだ。未来の人間はみんなのっぺらぼうにしてしまって、プロジェクション・マッピング技術で好きな顔を映し出せばよいのではないだろうか。自分で好きな顔を投影して今の気分を表せば楽ちんですし。顔にわざわざメスをいれるのではなくて、もともとのっぺらぼうになるように遺伝子操作をするのです。目は脳波をカメラに送ることで別に用意して、顎の下など目立たないところへ食道をつなげておけばよいのです。

そういうわけで誰にも似ていないということは、自分の顔に特徴がないということに他なりません。誰かに似ていたんじゃなくて、誰にも似ていないから、無理やり解釈すれば、誰かに似ているということ。そういう現象なんじゃない?という、どうでもいいことを考えていた記録。

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